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システムがあればこそ個人が動きやすくなる
計画性のない経営は、首尾一貫せず感情に左右されやすい。一方、計画的に経営されている会社には、ゆるぎない価値観が浸透している。このため経営の意思を邪魔するような障害物は自ずと排除され、社内どこでも経営の意思がよりよく発揮される。
長年にわたっていろいろな企業を見てきた結果、ほとんどの管理職は、部下に対して厳しい指導を行って部下の感情を傷つけるのを本能的に嫌う傾向があることに私は気づいた。しかし、これは経営の意思を阻む大きな障害物である。歴史が教えてくれるとおり、どんな文明のどんな人間集団でも、生産性の向上のためには、献身か、厳しい指導しかない。逆に言うと集団の共通目標に向けて最大限の努力を引き出すためには、激励のみならず規律も必要である。
ところが部下を持つ立場の人は、命令や指導が不当だとか気に入らないと受け取られそうな時、毅然として実行することを嫌う。そうした場面では、厄介事を先送りしたり適当にごまかしたりしたいという誘惑が強くなり、相手をあまり刺激しないよう規則を曲げたくなるものらしい。しかし先送りや妥協で問題は解決しない。その時にしっかり言っておかないと、あとでもっと厳しくしなければならなくなる。先送りは代償を伴い、厳しい処罰は恨みを招くので、経営の意思を貫くのがいっそう困難になる。
だから会社を経営する立場になったら、従来からある経営プロセスを体系化して、自分の会社に適した規律ある経営システムをつくらなければいけない。システムがしっかりしていれば、上司はスムーズに決定を下し部下へ指示を出せる。そうなれば叱咤も激励もきっと効果が上がる。
この点はとても大切なので、別の言い方で説明したい。どんな会社も、またどんな事業部も、それぞれのニーズに合わせた経営システムを作り上げることは十分に可能である。一貫性のあるシステムの下では社員の士気は高まり、会社の目標や計画の実現に向けて一層努力するようになるだろう。また上司にとっては規律の徹底が容易になり、経営理念や戦略の尊重、行動方針・基準・手順の遵守を促しやすくなる。システムは企業の屋台骨として経営の意思を具体的に表現し、意思はシステムを堅固にする。
イギリスの偉大な政治家であるベンジャミン・ディズレーリは、かつて「成功の秘訣は、目標に常に忠誠を尽くすことだ」と語った。計画性のある経営ではしっかりした目標が定められ、目標に沿った行動方針が打ち出される。そして社員は方針の遵守を奨励されるというふうに「目標への忠誠」が高まっていく。
つまり経営システムが確立されると命令を下しやすい環境が整うが、実際には命令する必要があまりなくなるのである。このため有能な上司は、部下を励まし促す方向でシステムを活用する。優れたシステムほど、実は個人が自由に動く余地は大きい。いつ何をどうすればよいか社員がわかっているので、上司が始終、ああしろこうしろと命令したり要求したりする必要がないからだ。
「システム」などと言うと規則でがんじがらめにするように響くかもしれないが、このように実際にはまったく逆である。システムがあればこそ社員は自分の判断でのびのびと仕事ができるようになり、自分で方向を決め自分で舵取りする自主管理が進む。そして社員の自主的な取り組みこそ、経営システムにとって最も望ましいエネルギー源なのだ。有能な社員が優れた経営システムの下で働くことを好むのも、効率が上がり意欲が高まるのも、まさにこのためである。
適切に構築された経営システムの下では、経営幹部は自ずと方法の完璧さより目標の達成度を、手続きが守られているかどうかより業績を、規則の遵守より結果を重視する。すると会社は、事業環境や将来の変化に対応しやすい体質になる。
本書では敢えて「システム」という言葉を使ったが、システムが禁止条項の多い規則やお役所的な管理を意味するとは考えないでほしい。健全な経営システムは逆に企業に活気を吹き込み、官僚主義的な息苦しさを吹き飛ばす働きをする。
よくできた経営システムは時の試練に耐えるものだが、同時に変化もいとわない。経営システムは柔軟な構造や骨組みを持つので、システムを構成する経営プロセスが変化しても、全体のバランスは損なわれない。だから新しい方針、新しい計画が抵抗なく受け入れられ、理解・吸収されて、スムーズに行動に結びつく。プロセスを大幅に変えてもシステムは動揺せず、そのことがわかっているので、安心して変化を許容できる。このため経営システムが機能している会社では、社員が進取の気性に富み、どんどん変化を取り込む。技術変革のペースが加速している現代では、社内の柔軟な適応能力は貴重な経営資源となるだろう。
また健全な経営システムは、構造がシンプルで運用しやすい。システムを構成するのは特に目新しいものではなく、従来の経営プロセスである。むしろ大切なのは、プロセスがどのように機能し、どのように影響を及ぼし合うかだ。システムとして経営が行われている会社では経営そのものが競争力の源泉でありまた資産にもなっており、その価値を高めるパターンができている。
経営プロセスとは何か
経営プロセスとは、集団や組織の行動を効率よく行うための方法を意味する。私の経験によれば、経営プロセスが何かをはっきり理解している経営者は少ないようだ。目的を持った経営上の行為は、必ずプロセスに関わってくるのだが、そのことがあまり意識されていない。
基本的なプロセスは、どんな集団を動かす時も同じである。たとえば家族でピクニックに出かける時にも、経営者が下すようなたくさんの判断が必要だ。いつ、どこへ行くのか。持ち物は。子供たちの役割分担は。子供たちの寝る時間はいつもより遅くなってもいいのか。子供たちに守ってもらいたい決まりは……等々。ピクニックが無事終わる頃までには、ほとんどあらゆる経営プロセスが総動員されるに違いない。集団や組織の目標達成に活用されるのは基本的にどれも同じプロセスであり、家族も教会も学校も、また政府も企業も変わりはない。
その何よりの証拠に、国際的な石油資本から町の小さな雑貨屋に至るまで、あらゆるビジネスの経営プロセスはある一つの共通要素を中心に組み立てられている──それは、人だ。人間ならだれでも持っている欲望、能力、個性、関心・無関心、長所・短所、恐怖心、性癖などが経営プロセスで考慮されていなかったら、業種や規模を問わずどんな企業でも繁栄を長続きさせることはできない。
計画し、決定し、行動するのは所詮人なのだ。経営、なかんずく経営システムの役割は、会社の利益に適うような計画、決定、行動を促すことだが、最も望ましいのは、社員自らがそうしたいと思うことである。つまり社員が何をどうすべきか決める助けとなるのが、経営システムの本来の姿である。また経営システムは、会社の魅力を高め有能な人材を集めることにも貢献しなければいけない。この本では、人を中心に据えて経営プロセスを論じていきたい。
それでは、経営システムを構成する基本的な経営プロセスを次回紹介しよう 。どんな業種、どんな規模の会社も、次の14のプロセスから経営システムを組み立てることができる。
[著者]マービン・バウワー
[監訳]平野正雄[翻訳]村井章子
[内容紹介]経営とは何か。いかにすれば企業は成長するか。経営の原点とも言える根源的な問いに、今日のマッキンゼーを築いたバウワーが、それは「経営の意思」だと明解に答える。世界最高のコンサルティングファームを築いた男が1966年に書き残した伝説の経営書The Will to Manage の翻訳。時代の変遷を超え、いまなお通用する経営の真髄がここにある。
[目次]
監訳者まえがき
序章
第1章 経営の意思──意志あるところ道あり
第2章 経営理念──これが我々のやり方だ
第3章 戦略──我々はこの道を進み、こう戦う
第4章 行動方針・基準・手順──行動と戦略を結びつける
第5章 組織──人々を束ね、力を発揮させる
第6章 経営幹部──会社の宝を育てる
第7章 事業計画・業務計画とコントロール・システム──道順を決めるシグナルを設置する
第8章 計画から実行へ──社員を動かす
巻末注