目には見えないが確かな指針「経営理念」の重要性
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サマリー:経営理念とは、経営プロセスを支える縁の下の力持ちである。会社によってそれこそ千差万別だが、優れた企業に共通して見られる特徴がある。マッキンゼー・アンド・カンパニーの土台を築いたマービン・バウワーが1966... もっと見る年に上梓した、今なお世界で読まれている伝説の経営書『マッキンゼー 経営の本質』(ダイヤモンド社、2004年)より、一部を抜粋し紹介する。 閉じる

経営理念とは

 一部の経営幹部、とりわけ成功している企業の経営者は、「わが社の経営理念」という言葉をよく口にする。「わが社の経営理念によればこれこれが必要だ」とか、「その判断はわが社の経営理念に反する」といった具合に。「わが社の経営理念」が社内に浸透していることが、彼ら経営者の前提になっている。

 成功する企業では、この言葉が実に頻繁に口にされる。それは、目には見えないが何か確かな指針に従って社員が行動する、と経営者が確信できるからだろう。そうした目に見えない何かが着実に浸透していれば、組織にとっては実に大きな力となる。どの社員も「それは我々のやり方じゃない」と同僚に言われたらそのアドバイスは真剣に受け止め、上司から部下にその言葉が言われたら、それは命令と同等の重みを持つ。

 実際に経営者は、どんな意味で経営理念あるいは経営哲学という言葉を使っているのだろうか。経営理念とは、企業内のあらゆる意思決定や行動の規範となるものである。そうした規範となる理念は、時には長い時間をかけ、試行錯誤を通じて組織内に育まれ、あるいは創業者や強力な指導者の強い思いとして、組織に深く浸透する。

 IBMの会長を務めたトーマス J. ワトソンJr.は、経営理念を次のように語っている。

「競争を生き抜き成功を収めるためには、どんな企業も、あらゆる方針や行動の前提として確固たる信条を持たなければならない。私は固くそう信じる。成功を導く最も大切な要素を一つだけ挙げるとしたら、それは、この信条を誠実に守ることではあるまいか。

 組織の基本的な哲学、精神、活力は事業の成功と密接なつながりがあり、その重要性は技術力、資金力、組織力、アイデア、タイミングなどをはるかに凌ぐ。もちろんこれらの要素も大切だ。だが社員が会社の哲学を深く信奉し、誠実にこれを実現することの方がずっと大きな意味を持つ[注1]

 経営理念とは何か。ここにいくつか代表的な例を挙げよう。会社によってそれこそ千差万別だが、ここに掲げるのは優れた企業に共通して見られる5つの例である。

(1) 高い倫理規範の維持
(2) 事実に基づく意思決定
(3) 外部環境への適応と変化
(4) 実績に基づく評価
(5) スピード重視の経営

 優れた企業に共通するこれらの信条は、経営プロセスを支える縁の下の力持ちである。こうした経営理念が「我々のやり方」を示す指針となった時にどれほどの効果を発揮するか、以下で簡単に見ていくことにしよう。

高い倫理規範を維持する

 高い倫理規範を掲げることの意義は、くどくどと論じるまでもないだろう。ここでは、見過ごされがちないくつかの点を指摘しておきたい。

 高い倫理規範を掲げる企業は、次の3点で優位に立つ。

・高い倫理規範を掲げる企業では、何があっても自分たちは正しいことができると自信を持てるので、やる気にあふれ、仕事の効率が上がる。どうすべきか迷った時も、いつでも倫理規範が頼りになる。こうした会社では、どの社員もいつでも安心して正しいことができると信じられている。そしてまたどの社員も、少しでも規範に外れた行為をすれば指弾されることを知っている。

・高い倫理規範を掲げる企業は、優秀な人材をより強くひきつけることができるので、組織能力が高まる。優秀な人ほど信頼できる仲間を求め、疑わしい経営者を避け、高い理想を掲げる会社に魅力を感じる。そのため就職でも転職でも手間隙かけてそうした会社を探す。モラル面で劣る会社は、高い報酬を提示しても有能な人材を集められず、居着かせることもできない。

・高い倫理規範を掲げる企業は、いつも正しいことをしていると確信できるので、顧客、競争相手、さらには社会全体とよりよい関係を維持できる。何か行動を起こす時に一貫してモラルを問う姿勢から、好感度の高い企業イメージがかたちづくられる。顧客がどこから買おうか迷う時は、こうした企業が選ばれるだろう。競争相手もなかなか悪口は言いにくい。そして一般の人々からも倫理規範が高い会社の行動は受け入れられやすく、広告や発表も好意的に受け止めてもらえる。

 化粧品の訪問販売大手エイボン・プロダクツを例にとろう。1954年以来エイボンの純利益は年19%の割で伸び、1963年の投資利益率はなんと34%にも達した。フォーチュン誌1964年12月号の記事によると、「当時、巷には家庭の主婦に怪しげな品物を売りつける行商人が掃いて捨てるほどいた。だがエイボンの創業者デビッド H. マコーネルは、そういう輩とは一線を画す決意を固めていた。そしてその決意を実行に移したわけだが、それは当時では非常に稀な例だった」という。彼の息子もまた父の高い理想を引き継いだ。この記事では3人の経営幹部の名前を挙げて、「マコーネルの高い理想が組織全体に浸透するよう尽力した」と称えている。

 高い倫理規範はだれもが重んじるのだから、ことさら強調する必要はないと思われるかもしれない。だが私の見るところ、倫理規範はとかく当然と考えられ、あまり意識されないきらいがある。企業の経営幹部は、高い理想をもっとはっきりと経営理念に織り込むべきだ。「私は誠実で信頼できる人間です」などと広言するのはいささか気恥ずかしいが、会社を率いる立場にいる人なら、固い決意を声に出して宣言すべきだ。それは営利を目的とする企業にとって、また収益を高めるための経営システムにとって、道を踏み外さないためのきわめて堅固な土台となるだろう。

【注】
1)Thomas J. Watson, Jr., A Business and Its Beliefs, McGraw-Hill Book Company, New York, 1963, pp. 5-6.

『マッキンゼー 経営の本質』  

[著者]マービン・バウワー
[監訳]平野正雄[翻訳]村井章子
[内容紹介]経営とは何か。いかにすれば企業は成長するか。経営の原点とも言える根源的な問いに、今日のマッキンゼーを築いたバウワーが、それは「経営の意思」だと明解に答える。世界最高のコンサルティングファームを築いた男が1966年に書き残した伝説の経営書The Will to Manage の翻訳。時代の変遷を超え、いまなお通用する経営の真髄がここにある。
[目次]
監訳者まえがき
序章
第1章 経営の意思──意志あるところ道あり
第2章 経営理念──これが我々のやり方だ
第3章 戦略──我々はこの道を進み、こう戦う
第4章 行動方針・基準・手順──行動と戦略を結びつける
第5章 組織──人々を束ね、力を発揮させる
第6章 経営幹部──会社の宝を育てる
第7章 事業計画・業務計画とコントロール・システム──道順を決めるシグナルを設置する
第8章 計画から実行へ──社員を動かす
巻末注

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