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「何が正しい」かより「だれが正しい」かに頼っていないか
一時期高視聴率を誇った警察ドラマ『捜査網』(訳注・原タイトルは"Dragnet"。1950年代、アメリカで大ヒット)を覚えておられるだろうか。事件を次々に解明する主人公の名はフライデー。ロサンゼルス警察の刑事である。どんな事件でも、フライデー刑事は証人から直接話を聞こうと自宅まで足を運ぶ。警察手帳を見せられてたいていの人はぎょっとするが、そうすると彼は必ずこう答えるのだ。「ご安心ください、私たちは事実が知りたいだけなのです」。企業で意思決定の任にある人も、「事実」を知ろうと努めるべきである。当たり前じゃないかと思われるかもしれない。だが事実に基づいて意思決定を下すことが経営理念としてどれほど大切かは、いくら強調してもし足りない。
もちろんどんな会社もある程度は事実に基づいて決定を下している。だがその程度では、必ず失敗すると断言してもいい。他の多くの経営コンセプト同様、「事実に基づく」というこのアプローチも、その徹底の度合い次第なのである。それを測る物差しとして、「何が正しい」ではなく「だれが正しい」という声が社内でよく聞かれないか注意してみるとよい。
多くの企業を見てきた私の経験から言うと、事実に基づいて戦略を立て決定を下しているのは一握りの企業に過ぎない。たいていの問題について、自分の考えを改めようとしない経営陣が多すぎる。「もう心は決まっているんだ。事実がどうだこうだとうるさく言うのはやめてくれ」が彼らの決まり文句だ。多くの経営幹部が自分の意見や判断の正しさを過信し、事実を無視あるいは軽視する。それどころか自分の考えと正反対の事実に部下が注意を促そうものなら、激怒する人さえいる。
ゼネラルモーターズ(GM)の例も、事実に基づくことの大切さを教えてくれる。当時GMの社長であり、後に国防長官を務めたチャールズ E. ウィルソンは、事実に基づく意思決定がいかに大切かを次のように強調している。
「理性のある人間が事実を把握すれば、どう対処すべきか結論を下すのは難しいことではない。だからGMでは、問題が持ち上がったら何よりもまず事実を知ることから始める。急いで決めることは意識的に避ける。だから事実を明らかにできるのだ。事実の解明に力を貸せる社員は、だれでもこのプロセスに参加できる。そのせいで時間がかかりすぎたということはない。目の前が火事というときは別だが、たいていの場合はいくらかの余裕はあるものだ」
この6年後の1955年、自動車業界の販売慣行を調査していた上院小委員会は、当時GMの社長だったハーロウ・カーティスに証言を求めた。そこでカーティスは、GMの成功要因を4つ挙げたが、その一つが事実に基づく意思決定だった。その部分に関する彼の言葉を引用しよう。
「GMが今日の成功を築くに至った第2の理由は、問題に取り組む私どもの姿勢、心構えにあります。GMでは事業のあらゆる段階に、事実を徹底的に調査する仕組みが採り入れられています。まずあらゆる事実を集める。次に事実が何を指し示しているのかを分析する。そして、たとえそれが未知の領域を指し示していようとも、敢然として従う勇気を持つということです。GMは現状に満足することは決してありません。どんなことでも、たとえば製品、製造プロセス、業務手順あるいは人間関係など、あらゆることが改善可能であると考えています。
GMのこの姿勢を端的に表す言葉は、おそらく「探求心」ではないでしょうか。
自画自賛で恐縮ですが、GMではこの探求心が豊かに育っていると私は確信しています。私どもはあらゆることを今よりよくしようと努めているのです」
そして、それから9年後の1964年。スローンは『GMとともに』の中で同社の経営理念に触れ、事実に基づく意思決定を特に強調している。彼の文章を引用しよう。
「GMの経営理念の基本は、事業上の判断を下す時にあくまでも事実に基づいて行うということだ。とは言え、意思決定の最後の瞬間は直感的なものではあるが。事業戦略や方針決定の質を高める理論的な方法はさまざまあるが、経営上の判断を下す時に何よりも大切なのは、事実を認め受け入れることだ。技術や市場など常に変化するものをありのままに認めることが大事なのだ。
GMには客観性を重んじる気風、困難な試みを楽しむ雰囲気がある。GMの偉大なところのひとつは、客観的な組織として設計されているということだ。個人の主観に振り回されて道を見失うような企業ではない。
常に主観を打破しようとする気構えは、組織の健全性にとって非常に大切である[注1]」
GMの3人のCEOが15年の歳月の間に語った言葉から、同社の成功には事実に基づく意思決定が大きな役割を果たしてきたことがうかがわれる。私が実際に見てきたとおり、GMでも日々下される決定においても、このような熱心さで事実の探求が行われている。
事実に基づく姿勢は、何か規則をつくって強制できることではない。事実を確かめ、調べ、事実に従う過程でしかこの姿勢は育たないからである。
理想的には、そうした姿勢はトップから始めることが望ましい。高い地位にいる経営陣ほど、お手本として説得力がある。だが事業部長が自分の事業部に、チーム・リーダーが自分のチームに、事実第一の姿勢を取り込むことももちろん可能である。責任者が事実にこだわり事実に従えば、部下もそれを見倣うので、モラルは向上し、業績も自ずと改善されるはずだ。
事実第一主義の大いなる威力
とは言え、経営幹部は事実がどれほど簡単に遮断されてしまうかを、よくわきまえてほしい。自分の決心はすでに固まっているのだとか、自分の経験にケチをつけるなとか、事実だけがすべてではないなどという素振りを少しでも示そうものなら、部下からは事実が伝わってこなくなる。事実を隠しているとは、まさか部下は言うまい。だが皆がイエスマンになり、いかにも事実と一致しているような素振りで上司の判断に同意するようになる。そして上司は事実に基づいて決定しているのだと思い込んでしまう。
大規模な企業では、事実を重んじる姿勢を絶えず経営幹部が奨励しなければならない。意思決定者のところまで何段階も経て事実が伝達されるような場合、お偉方の機嫌を損じないように事実が隠蔽されたり、歪められたり、うやむやにされる危険はかなり大きい。だから経営幹部は、常に事実に心を開くよう努めなければならない。さもないと実際に何が起きているのかが見えなくなってしまう。自分は事実を求め事実に従って行動するのだというメッセージを絶えず発信していないと、大きな問題が上がってこなくなり、意思決定の質が低下し、事業が周囲の状況にそぐわなくなっていく。
逆に事実第一主義がすみずみまで浸透し積極的に活用されるなら、事業経営に大いなる威力を発揮するはずだ。どんな効果が期待できるか、簡単に説明しておこう。
・意思決定の質が上がる
事実を見過ごし、無視し、軽んじると、あとになって事実そのものから冷酷な報復に遭う。いくら判断力に優れた経営幹部でも、フライデー刑事のように事実を知ろうとしなければ、正しい決定は下せない。事実を見逃さず常に受け入れる気持ちがあれば、事実を重んじる気風が根づき、検討や討議の質が上がり、最終的には意思決定の質も高まる。
・高い柔軟性が備わる
事実に基づく姿勢が定着した会社では、新しい事実が明らかになった時、それに応じて計画や決定が変更される。新しい事実の出現は前に下した決定を自動的に覆す根拠となるわけだから、決定変更は決して心変わりではない。経営者は事実が示す道にひたすら従うだけなのだ。こうした姿勢が定着すれば、いつも現状に応じた再調整が行われることになり、それが事業経営を成功に導く大切な要素となる。
技術変革の激しい現代にあっては、事実に基づく姿勢はとりわけ大きな意味を持つ。変化への対応は、新しい条件すなわち新しい事実への対応にほかならない。カーティスの言葉のとおり、「たとえ事実が未知の領域を指し示していようとも、敢然として従う」勇気を企業は持たねばならない。
・モラルが高まる
事実を尊び客観的に見つめる姿勢が全社的に浸透すれば、上下関係の垣根は必然的に取り払われていく。「事実の前には皆平等であり、だれもが事実を求め事実と向き合い、事実が教えることに従う」という考えを社員が共有するならば、事実を伝えることが奨励され、耳に痛い事実も部下から上司へ進言しやすくなる。事実第一主義が定着している会社は、上下の隔てがなく和気藹々としているのが特徴だ。「だれが正しいか」ではなく「何が正しいか」を見極めようとすれば、自己主張に代わって建設的な議論が行われるようになり、個人的な不和や衝突は姿を消していくからである。
【注】
1)Alfred P. Sloan, Jr., My Years with General Motors, Doubleday & Company, Inc., New York, 1964, pp. xiii-xxiv.(邦訳『[新訳]GMとともに』有賀裕子訳、ダイヤモンド社、2003年)
[著者]マービン・バウワー
[監訳]平野正雄[翻訳]村井章子
[内容紹介]経営とは何か。いかにすれば企業は成長するか。経営の原点とも言える根源的な問いに、今日のマッキンゼーを築いたバウワーが、それは「経営の意思」だと明解に答える。世界最高のコンサルティングファームを築いた男が1966年に書き残した伝説の経営書The Will to Manage の翻訳。時代の変遷を超え、いまなお通用する経営の真髄がここにある。
[目次]
監訳者まえがき
序章
第1章 経営の意思──意志あるところ道あり
第2章 経営理念──これが我々のやり方だ
第3章 戦略──我々はこの道を進み、こう戦う
第4章 行動方針・基準・手順──行動と戦略を結びつける
第5章 組織──人々を束ね、力を発揮させる
第6章 経営幹部──会社の宝を育てる
第7章 事業計画・業務計画とコントロール・システム──道順を決めるシグナルを設置する
第8章 計画から実行へ──社員を動かす
巻末注