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外部環境に応じて自ら適応し、変化する
優れた経営理念を構成する要素の一つとして、事業に影響を及ぼす外部からの力や事業環境の変化に常に反応することが挙げられる。これは、事実に基づく姿勢の一種と言えるだろう。と言うのも、会社に働く力とは、事実──それも重要な意味を持つ事実──にほかならないからである。
ダースティン・アンド・オズボーンの社長だったトーマス C. ディロンは、恐竜(ダイノザウルス)の例を挙げてこのことを説明している。
「あらゆる生物同様、会社も環境に適応しなければならない。それに失敗したら、死ぬだけだ。
企業の死はダイノザウルスと似ている。地球の急激な気候変動や他の動植物との生存競争に直面したダイノザウルスは、環境に適応できなかった。数世紀にわたる産業史の中で、多くの企業がダイノザウルスのように生まれては死んでゆく。死滅したのは、生き残りに必要なスピードで環境変化に適応できなかった企業なのだ[注1]」
有能な経営幹部は、経営目標、戦略、製品、社員、生産能力などに影響を及ぼす外部要因に絶えず自社を適応させていく。この外部の力とは、経済情勢のこともあれば、競争環境、技術、規制、社会、政治などさまざまである。法律が改正されたり、市場、顧客の価値観、競争条件、世間一般の考え方が変わったら、企業は戦略や製品、組織や社員などを変えていかなければならない。たとえばコストが上がったら、価格、製法、工場、賃金、販売費、組織に修正の必要が出てくるだろう。外部から作用する力が非常に大きい場合には、小手先の戦術ではなく戦略を変える必要がある。
成功する経営とは、外に目を向けた経営である。このような経営が実践されている企業は、変化の必要性を教えてくれる事実をいつも鵜の目鷹の目で探す。外部環境に対する感度が高く、とりわけ顧客のニーズ、価値観、考え方には敏感に反応する。結局のところ、事業の成功はそこにかかっていると知っているからだ。彼らは問題から目を逸らさないし、新しい商機はがっちりつかむ。
適応の必要性を教えてくれる例として、少々極端だが、製氷会社と馬車メーカーが挙げられる。電気冷蔵庫がアイスボックスを凌駕し始めたとき、一部の製氷会社は石炭販売に乗り換え、後には石油会社へと変貌を遂げたが、そのほかの多くは姿を消していった。また自動車登場後も生き残った馬車メーカーは数えるほどしかない。
1964年にニューヨークのファースト・ナショナル・シティ・バンクが行った調査は、戦略的な適応の重要性を裏づけるものと言えるだろう。1919~63年におけるアメリカの製造業上位100社(資産額ベース)を取り上げたこの調査で、45年間ずっとトップ100に名を連ねていた企業は半分にも満たなかった。1948~63年の16年間だけをとっても、5社に1社は上位100社の座を追われ、他のほとんどの企業も順位が大幅に入れ替わっている。
同行のニュースレター(1964年8月号)に掲載された調査報告は、「最後までリストに残った企業の多くは、経済情勢の変化にうまく適応してきた企業である。業界トップの座は永久に約束されているわけではない。変化の必要性に常に注意を払うことが求められる」と結論づけている。
企業は、次々に新しい優れた製品・製法・サービスを提供し、あるいは価格を引き下げて、消費者にも利益をもたらしている。だが繁栄を持続するためには自ら変化を起こすだけでなく、外から働く力にも心を開き、新たな事業機会を活用しなければならない。そして製品やサービス、生産や業務、組織や人事などあらゆる面で、戦略的・戦術的に対応していく必要がある。先頭を走る企業は自社に作用する力にどこよりも敏感であり、素早くそれに反応する。感応度と柔軟度の高い企業のお手本は、ダイノザウルスではなくカメレオンなのだ。
競争経済のスピードを常に意識する
英米両国の優れた企業経営を私なりに比較した結果、アメリカ企業では競争に対するスピード感覚が経営効率の向上につながっているとの結論に達した。そうした姿勢は、ほとんどの好業績企業に見ることができる。1961年、経済団体の会合で演説したエジンバラ公は、次のように述べた。「国際競争はもはや避けられない現実である。競争は次第に激化するだろう。将来の繁栄を望むなら、競争を恐れず立ち向かわなければならない。ほとんどの国がいまや競争相手なのだ」。
競争に素早く対応することに比べれば、経営のテクニックなどは二の次、三の次である。どれほど先進的な経営手法も、迫り来る競争を念頭において運用しなければ効果がない。ある国際的な経営会議の場で、当時GMの社長だったチャールズ E. ウィルソンは次のように語った。
「GMの組立ラインや先進的な大量生産方式にびっくりする人が多い。そして、これこそアメリカ的生産システムの真骨頂だと考えがちだ。だが組立ラインを設置して先進的な生産方式を採り入れさえすれば、自動的にアメリカと同水準の生産性やローコストが実現すると考えるのは早計である。アメリカのシステムに潜むもっと根本的な要素を理解しないと、よい結果は望めまい。
それでは、アメリカの産業システムに潜む根本的な要素とは何か。何よりも重要なポイントは、アメリカ人が競争の現実を受け入れていることだ。個人同士の競争、会社同士の競争……競争があるからこそ、何百万ものアメリカ人労働者は、なんとかして今以上に優れたやり方はないか、また同じ努力でもっといい結果を出せないかと一生懸命になる[注2]」
競争意識を徹底させるために経営陣にできることは何だろうか。競争に長けた経営者の特徴は、外部から働く力に常に注意を払うことのほか、次の点が挙げられる。
(1) 時間を無駄にせず、素早く行動する。時間を最も貴重な資源と心得ている。つまらぬことに時間を割かず、ひたすら目的達成を目指す。
(2) 情熱的である。部下よりも熱心で手際がいい。仕事の進め方のよい手本となるが、それは模範を示すためではなく、仕事に対する情熱があるからだ。
(3) 迷いがない。事実を集めて十分に考え抜いたら、すぱっと決断を下す。自分は間違いを犯すかもしれないが、ライバルだってそうかもしれないとわかっているので、無用な先送りより間違えるリスクを敢えて冒す。誤りを正す機会に注意を怠らなければ、時間を味方につけられることを知っているからだ。
(4) 機会を逃さず活用する。競争意識の高い幹部が大切にするのは、短所を直すことより長所を伸ばすことだ。相手を出し抜くより自社の競争優位を固めることに時間を割く。こうした幹部にとって、経営システムの存在は大変役に立つ。
(5) 問題を探し出して直面する。時間が経てば経つほど問題に対処するのが難しくなることを知っているからだ。とは言えすぐに解決できないような問題の場合には、まずは自社の強みを伸ばし、解決にふさわしい時を待つ。
(6) 人事をめぐる困難な決断にも尻込みしない。社員の処遇にも公正な決断をしない限り、経営システムが効果を発揮できないことを知っているだけだ。人事に関する決定は、公正でありさえすれば、不利益を被る社員にも驚くほど素直に受け入れられるものである。
(7) シェアを拡大し利益を上げることに全力投球する。あらゆる行動の目的は長期的な競争優位を確立することだが、行動自体はすぐに起こすのが彼らの身上である。
スピード経営の大切さをよく知っている経営幹部の特徴を7つ挙げた。「いまやる」を常に心がけることが、競争の激しい利潤追求型経済で成功を収める秘訣の一つと言えるだろう。経営システムが顧客のニーズに応え仕事の満足度を高める最高の手段となるためには、テクニックより「いまやる」姿勢が役に立つ。しかし逆に経営システムは、「いまやる」姿勢に目的を与え、競争意識を養う。このような相互作用を通じて企業が成功する可能性は高まっていくのである。
【注】
1)Thomas C. Dillon, "Foot Dragging Made Easy," speech to the American Marketing Association, Dallas, Texas, June 16, 1964.
2)Charles E. Wilson, "Productivity -- The Key to Prosperity and Peace," speech before the First Conference of Manufacturers, New York City, December 3, 1951.
[著者]マービン・バウワー
[監訳]平野正雄[翻訳]村井章子
[内容紹介]経営とは何か。いかにすれば企業は成長するか。経営の原点とも言える根源的な問いに、今日のマッキンゼーを築いたバウワーが、それは「経営の意思」だと明解に答える。世界最高のコンサルティングファームを築いた男が1966年に書き残した伝説の経営書The Will to Manage の翻訳。時代の変遷を超え、いまなお通用する経営の真髄がここにある。
[目次]
監訳者まえがき
序章
第1章 経営の意思──意志あるところ道あり
第2章 経営理念──これが我々のやり方だ
第3章 戦略──我々はこの道を進み、こう戦う
第4章 行動方針・基準・手順──行動と戦略を結びつける
第5章 組織──人々を束ね、力を発揮させる
第6章 経営幹部──会社の宝を育てる
第7章 事業計画・業務計画とコントロール・システム──道順を決めるシグナルを設置する
第8章 計画から実行へ──社員を動かす
巻末注