海外駐在員の離職を防ぐ3つのポイント
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サマリー:一般的に、海外駐在マネジャーのもたらす成果は、文化的知性や適応力といった特定の個人的特性を有しているかどうかにかかっているとされている。しかし、筆者らの研究によれば、従業員の成功を予測するうえで、企業... もっと見るの組織構造のほうがより重要である可能性が示唆されている。本稿では、筆者らの研究によって明らかになった、海外駐在マネジャーの離職を防ぎ、さらに新しい環境で成功するかどうかを左右する、組織における3つの主要な要素を説明する。 閉じる

なぜ海外駐在員の離職率は高いのか

 多国籍企業(MNE)にとって、海外駐在マネジャーは、戦略の実行とグローバル市場での成功を牽引する存在だ。自社のイニシアティブを管理するために新たな勤務地へ派遣されるこれらのリーダーは、企業の目標と現地市場のニーズの橋渡しを担っており、その任務は組織の成功にとって極めて重要である。

 その一方で、海外駐在員の高い離職率と任務の未完了は、依然として解決が困難でコストの高い課題といえる。こうした失敗は、生産性の低下、再雇用コスト、ステークホルダーとの関係悪化によって、莫大な金額の損失を招く可能性がある。従来の考え方では、成功は「適任者」の選定にかかっているとされてきた。すなわち、海外駐在員には豊富な国際経験と高い文化適応能力が求められるというわけだ。

 しかし、筆者らの調査から新たな真実が明らかになった。海外駐在員の成功あるいは失敗は、彼らが働いている組織の特定の構造に大きく依存しているのだ。この結論を導くに当たって、9つのグローバルホテルチェーンの宿泊施設を管理する海外駐在のゼネラルマネジャー192人を調査した。そして、彼らが新しい環境で成功するかどうかは、任務において3つの重要な要素がどの程度、提供されるかで決まることがわかった。

 すなわち、分権化(現地のマネジャーに意思決定の権限を与える)、定型化(明確なガイドラインやポリシーを提供する)、グローバルな知識統合(国境を越えたコラボレーションを可能にするツールやシステム)だ。

 さらに、これらの要素のうち、一つの評価が高いだけでは、成功をもたらすには不十分であることもわかった。最も成功している従業員(任務をまっとうする意思があり、組織に高いコミットメントを示すと考えられる人)は、3つの要素のすべての整合性が取れている企業で働いているのだ。今回の結果が示唆するように、この整合性が取れていると従業員が成長できる一方で、整合性が取れていなければ最も有能な人材でも力を発揮できない場合がある。

 本稿では、これらの構造的要素の相互作用を明らかにし、潜在的な落とし穴を特定したうえで、海外駐在員の成功を最大限に高めるためにリーダーへの実行可能な教訓を提言する。

海外駐在員の成功を導く3つのカギ

1. 分権化によって現地に意思決定権を委譲する

 権限の分散により、現地のマネジャーは意思決定の権限を与えられ、事業の運営を地域のニーズや市場の動向に合わせることができる。この柔軟性は、文化的に多様で変化の激しい環境では特に重要になる。

 世界的な家具小売チェーンのイケアは、現地店舗の責任者に、地域の嗜好に合わせて商品の陳列や店内のレイアウトを調整する権限を与えている。中国では、イケアの店舗は主に都市部にあり、狭い居住スペース向けのコンパクトな家具が強調されている。一方、米国の店舗は郊外が多く、より大型商品が目立つように陳列されている。このように意思決定の権限を委譲することにより、イケアはグローバルブランドの明確な基準を維持しながら、多様な市場に合わせたサービスを提供している。

 ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルも、意思決定の分権化を通じて海外駐在員の定着を図っている。現地のマネジャーは、食事のメニューの変更や客室のデザインなど、文化的な好みに合わせてゲストの体験をカスタマイズしながら、包括的な企業ガイドラインを遵守している。このアプローチは海外駐在員のエンゲージメントを促進するとともに、顧客満足度を高める。

 テクノロジー業界では、グーグルが各地域のチームにグーグルマップなどの製品のローカライズを任せ、地域の交通パターン、文化的なランドマーク、ユーザー行動に適応させることで、効果的な分権化を実現している。このアプローチにより、企業のグローバルな専門知識を活用しながら、提供する製品は地域のニーズを確実に満たしている。