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ラグジュアリー産業におけるナラティブ戦略
欧州のラグジュアリー産業は、どのようにして高付加価値経営を実現しているのだろうか。一般には、その競争力は、世代から世代へと受け継がれ、長年かけて築き上げられてきた職人技に支えられていると考えられがちだ。しかし、これは誤解である。現代のラグジュアリー産業は、比較的歴史の浅い企業によって構成されており、それらの企業は、自社製品に付加価値をつけるために、伝統をただ守るのではなく、それをどう現代に活かし、意味づけるかという戦略的な取り組みを実践している。
もちろん、過去から受け継がれたノウハウは、企業が長い歴史と伝統を持つことを示す重要な証であり、ナラティブ戦略において不可欠な要素となっている。しかし、競争力の真の源泉は、ナラティブそのものにある。ナラティブは製品やサービスに意味を与え、価値を生み出すプロセスを可能にする。そして、このような戦略はラグジュアリー産業に限られたものではない。あらゆる業種の企業が、ラグジュアリー産業のナラティブ戦略からヒントを得ることができ、またそうすべきなのだ。
欧州のラグジュアリー企業は、高い付加価値を生み出しながら、生産・サービスの両面で多くの高技能労働者を雇用し、非常に高い利益を上げている。たとえば、2022年の純利益率を見ると、LVMHが18.6%、ケリング(グッチ)が18.3%、シャネルが26.7%、エルメスが29.1%、リシュモン(カルティエ)が11%に達している。これらの企業いずれも売上高が100億ユーロ(2022年時点で約1兆3000億円)を超える大企業であり、ニッチ市場に特化した小規模な高収益企業ではない。
企業ごとにビジネスモデルや戦略の違いはあるものの、欧州のラグジュアリー産業全体が極めて高い収益性を実現していることは明らかだ。一方、日本では、キーエンスのような例外を除けば、製造業の大企業でこのような利益率を挙げている企業は稀である。この収益性の源泉と各社の競争力を理解するには、まずラグジュアリー産業における価値創造のプロセスを探る必要がある。
「価値創造」と「価値抽出」
価値創造ついて論じた多くの経済学者の中でも、ロンドン大学のマリアナ・マッツカートは、ラグジュアリー産業の構造を読み解く独自の手法を提示している。彼女は著書『国家の逆襲』の中で、企業における価値創造に貢献する行動を理解するために、「価値創造」と「価値抽出」を明確に区別することの重要性を示している。
マッツカートによれば、価値創造とは、既存の資源を新たな方法で活用し、新たな商品やサービスを生み出すプロセスであり、価値抽出とは、資源やアウトプットを「移動させる」ことで利益を生み出すプロセスである。つまり、価値創造では企業が労働と資源を通じて、製品やサービスのような新しい価値あるものを作り出す(たとえば、顧客の問題を解決する新しい技術の開発など)。一方で、価値抽出では企業が既存の価値を市場から奪うだけで、必ずしも新しい価値を提供するものではない(たとえば、競争相手がいない市場で高価格を設定している独占企業など)。
この区別は、ラグジュアリー企業の特質をよりよく理解するのに役立つ。日本のアパレル企業の例を見てもわかるように、ファッションや衣料品業界で大きな利益を上げるのは非常に難しい。これらの企業の問題は、低賃金国に設立されたメーカーから価値を抽出することをビジネスモデルの基盤としていることである。生産を外注し、付加価値を加えることなくアパレル商品を流通させている。その結果、価格競争が激化し、利益率は極めて低いまま留まっている。