企業の発展段階に注目すれば、起こりうるコンプラ問題は予測できる
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サマリー:近年、企業のコンプライアンス問題が頻発しているが、これらは突発的に見えても、企業や事業の発展段階に応じたリスクを把握すれば予測可能である。創業期や成長期、停滞期、衰退期など、各フェーズに特有の問題が生... もっと見るじる。企業は自社のステージを冷静に分析し、早期にリスク対策を講じることが重要だ。本稿では、企業のリスクマネジメントやコンプライアンスの専門家として数々の企業に携わってきたプリンシプルコンサルティング代表の秋山進氏が、企業や事業の発展段階ごとに生じやすいコンプライアンス問題とその対応策を解説する。 閉じる

 企業におけるコンプライアンス問題は突発的に起こるように見えて、その多くが実は相当程度に予測可能である。予測を可能にするためには、まず対象となる企業が属する業界の構造や歴史、そして企業における事業の発展段階を正しく把握し、その進捗に応じたリスクを認識する必要がある。

 筆者は、リスクマネジメントやコンプライアンスの専門家として、長年にわたり、不祥事を起こした企業や経営危機に陥った企業の再生に携わってきた。また、そうした事態を未然に防ぐために、リスク管理委員会やコンプライアンス委員会のアドバイザーとしてコンプライアンス体制や倫理的な組織文化の構築に関する助言を行ってきた。このような経験を通し、異なる業態の企業の実態を間近で見てきたが、コンプライアンス問題には事業の発達段階が大きく影響していることがわかった。すなわち、企業の創業期、急成長期、安定成長期、停滞期、衰退期のそれぞれで発生しうるコンプライアンス問題の性質は異なるのだ。

 本稿ではまず、企業が陥りやすいリスクやコンプライアンス問題を概観する。そのうえで、とりわけ事業の発展段階に注目し、各段階でどのような問題が生じやすいのか、そしてそれにどのように対応すべきかを論じる。

企業が陥る問題の予測可能性

 企業が遭遇するリスク・コンプライアンス問題を分析するうえでは、しばしば以下のような視点が用いられる。

・業界構造:寡占度や棲み分け状況、競争ルール、収益性、業界特有の技術的・制度的制約など
・業界発展の歴史:業界そのものがどのように誕生し、いかなる契機で発展し、関連業界とのつながりをどう築いてきたか
・資本形態:オーナー企業か否か、独立系かグループ系か、あるいはファンド系か
・経営健全度:成長性、収益性、安全性、生産性など
・競争優位性:技術力、資源、設備、人材、組織、社外との関係性など
・経営陣:そのバックグラウンド、人脈、過去の意思決定の傾向
・組織構造:組織図、会議体、権限の与え方、意思決定のパターン、昇進のスピード
・人材の特徴:年齢分布、多様性、出身学部、主流派と非主流派の対立など
・発展段階:創業期、急成長期、安定成長期、停滞期、衰退期
・自己定義と価値:企業の使命、ビジョン、価値観(掲げられた価値観と実際に信奉される価値観の乖離)

 これらの視点を包括的に評価すれば、将来どのような形でコンプライアンス問題が起こりやすいか、大きなトラブルに発展しかねないどのようなリスクがあるかを予測することは、それほど難しくない。なかでもとりわけ重要なのが、事業の発展段階である。発展段階ごとに発生する典型的な問題が存在するので、そこを制御するだけで企業のリスク耐性を大きく上げることができる。

 以下では、事業の発展段階を5つ(創業期、急成長期、安定成長期、停滞期、衰退期)に分け、どのフェーズでどのような問題が起こりやすいのかを整理していく。ただし、現実の企業はこの分類どおりに単線的に進むわけではない。安定成長期と停滞期のはざまで揺れ動くケースもあれば、急成長期からいきなり衰退期に陥ることもある。それでも大まかな目安として考えることで、想定されるリスクを可視化し、対処方針を練るうえでの手掛かりが得られるはずである。

事業の発展段階と起こりやすい問題

1. 創業期:「はったり」の蔓延

 創業期の企業や大企業の事業創生期は、まだ実績も乏しく、資金や人材、設備も十分には整っていない。それゆえに、どうしても社外へのアピールが過大になりがちである。

・経営陣がみずから「はったり」を推奨する
・最低限のルールすら整備されていない
・表向きに言っているほど実力がない

「できない(かもしれない)ことを、できると言う」「実績はないが、まるであるかのように見せかける」といった「はったり」によって資金を獲得したり、顧客を獲得したり、認知度を高めたりする行為は、ベンチャー企業だけでなく、大企業の新規事業部門でも珍しくない。時には他社の企画書を流用し著作権侵害を起こしたり、パンフレットで優良誤認表示をしたりしてしまうこともある。

 たとえば、ある医療系スタートアップが、まだ十分に検証されていないAI診断ツールを「〇〇領域の100病院が導入」と喧伝し、投資家から多額の資金を得るケースを想定してみよう。実際にお金を払って導入したのは数院にすぎず、残りは試しにテストを行っただけである。医療訴訟を避けるための法的整備や安全性の担保も十分にできていない。しかし、創業期はとにかく資金を集め、人材を集める必要があるがゆえに、このような誇張が行われてしまうのである。