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レーシックで使うレーザー技術は思いがけない幸運から生まれた
1990年代後半以降、視力矯正手術「レーシック」の恩恵に浴した人は、3000万人を超える。レーシックが登場する以前は、医師がメスで角膜を削り、角膜の形状を変えることにより、患者の視力を改善させていた。ところが、そのやり方には、周辺の目の組織に大きなダメージが及ぶという問題があった。
その点、今日のレーシックでは、手術用のメスではなく、フェムト秒レーザーと呼ばれる装置を用いる。これは、1フェムト秒(=1000兆分の1秒)という非常に短い時間だけ、強力なレーザーパルスを放出する装置である。これを用いれば、周辺の組織にダメージを及ぼすことなく、極めて精密に角膜を削ることができる。
フェムト秒レーザーの土台を成すテクノロジーである「チャープパルス増幅法」(CPA)は、1980年代半ばにフランスの物理学者ジェラール・ムルによって開発された。その業績により、ムルは2018年にドナ・ストリックランドとともにノーベル物理学賞を受賞している。
しかし、フェムト秒レーザーが眼科の領域で用いられるようになったのは、まさにセレンディピティ(思いがけない幸運な出会い)の結果だった。セレンディピティは、まったくの偶然とまでは言わないまでも、たいていは意図せずに実現する。それは、米国の社会学者ロバート K. マートンの言葉を借りれば、「想定外の展開に恵まれたり、あるいは洞察力を発揮したりすることにより、探していなかったものを発見する」ことと言ってもよいだろう。
セレンディピティの3段階
セレンディピティは、単なる幸運と混同されることもあるが、両者の間には違いがある。セレンディピティは、3つのステップによって構成されるプロセスだ。レーシックの事例に基づいて、具体的に見てみよう。
1. 想定外の出来事が起きる
1993年、ミシガン大学のムルのラボで数人の大学院生が研究を行っていた。デタオ・ドゥーもその一人だった。ある晩、ドゥーは、フェムト秒レーザーの反射鏡を調整する時、うっかり防護メガネを着け忘れて、片目にレーザー光の直撃を受けてしまった。ドゥーは、ただちに病院に連れて行かれた。目がダメージを受けていないかどうか確認する必要があったからだ。
2. 想定外の出来事に誰かが価値を見出す
ドゥーは、病院でその日の当番だった眼科医ロン・カーツ医師の診察を受けた。ドゥーの目にダメージは生じていなかったが、カーツが気づいたことがあった。ドゥーの網膜に、普通では見られないような火傷がいくつか確認できたのだ。カーツはこう振り返っている。「(ドゥーの)瞳孔を拡大すると……網膜の中心部が火傷していました。ただし、普通の火傷とは状態が違いました。火傷が非常に小さく、しかも非常に精密でした。私は、そのレーザーがどのようなものなのかに興味をそそられました。そして、フェムト秒レーザーとはどのようなものかを知ったのです」
3. セレンディピティがもたらした機会を誰かが活かす
この後ほどなく、カーツはムルと面会し、それをきっかけに、ムルの研究チームと共同で、フェムト秒レーザーを眼科の領域に応用するための研究を開始した。そして1年後、カーツとドゥーはある学会で研究結果を報告した。