「正しい顧客」を起点として競争戦略を再構築する
Richard Ross/Getty Images
サマリー:コロナ禍に始まった過去5年間の経済的混乱は、企業がまず「正しい顧客」を選び、そこから戦略を構築することの重要性を改めて示した。売上やコストといった従来の指標だけでは、もはや競争に勝つことはできない。不... もっと見る確実な時代だからこそ、注力すべき顧客を見極め、その顧客を軸に戦略全体を見直す必要がある。本稿では、過去5年間に際立った成果を挙げた企業の取り組みをもとに、「顧客起点」の戦略がなぜいま必要なのか、そしてそれを実現するために何が求められるのかを、4つの柱に沿って解説する。 閉じる

価値をもたらしてくれる顧客を特定する

 この約5年間、厳しいマクロ経済環境に対して、企業の多くはコスト削減と価格引き上げという2つの手段に頼り続けてきた。それは意外なことではない。経済の混乱によって、企業の経営幹部は短期的かつ場当たり的な思考に陥り、四半期の業績予想を達成するか上回るかといった目先の懸念に囚われがちである。いま、関税が企業の計画を混乱させ、経済成長の見通しが鈍化している中、経営幹部が再びこれらの手段に頼る可能性は高い。

 問題は、コスト削減をするのみでは効果がない、ということだ。消費者は価格上昇に対してますます慎重になり、購入を控えたり、代替品を選んだりしている。このような短期的な視点は1〜2四半期程度は有効かもしれないが、長期的に本当に重要なこと、すなわち自社に価値をもたらしてくれる顧客に対して価値を提供するという点から、注意を逸らしてしまうことが多い。

 投資家が期待する成果を挙げたい企業は、それを帳尻合わせではなく、正当な価値創出によって得なければならない。その出発点は、「ウイン・ウイン」の関係を築ける適切な顧客を選ぶことである。

操作的な利益成長の限界

 コロナ禍の始まりから2024年までの5年間で、企業は前例のない課題に直面した。世界的なパンデミックによって1年以上にわたり業務が世界中で中断されただけでなく、サプライチェーン、需要パターン、収益性に影響を与える極めて多様な変動要因にも直面した。大半の企業は、この危機に何らかの形でコスト削減価格引き上げをして対応した。

 しかし、筆者らの最近の分析によると、これらの対策は、適切な顧客を選ぶという戦略的な取り組みと連動し、それに資する形で実施されない限り、企業の長期的な価値創出の可能性に対しては限定的な影響に留まる。

 コロナ禍以来、支配的なテーマとなっているコスト削減を考えてみよう。ハケット・グループの調査によると、2023年だけでも69%の企業がコスト削減を主要な戦略課題として挙げている。しかし、ラッセル3000(米国の時価総額上位3000社)の中から選定した関連性の高い1000社の詳細な財務結果を分析したところ、売上高に対する販売費および一般管理費(売上高販管費率、またはSG&A比率)の削減で測定される営業効率の改善は、TSR(株価上昇率と配当利回りを足した株主総利回り)で算出した企業の時価総額の成長と実質的に相関がないことが明らかになった。

 効率はたしかに重要である。しかしデータは、企業がコスト削減だけに頼って利益を捻出しても、優れた長期リターンを実現できるわけではないことを強く示唆している。