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チャットGPTのネットワーク効果はどの程度強力なのか
チャットGPTの昨今の急速な成長により、「ネットワーク効果が作用し始めている」と信じる人々が出てきている。
ユーザーが増えるにつれて、より多くのデータが蓄積され、それによってよりよい製品を生み出すことができる(グーグル検索を支えているデータネットワーク効果に似ているが、この場合それほど強くない)。そして、ユーザーとGPT開発者の間での共有利益も高まりつつある(iPhoneのユーザーとアプリ開発者の間に存在するクロスサイドネットワーク効果に似ているが、やはりこちらもチャットGPTのほうが弱い)。
ネットワーク効果は、大規模言語モデル(LLM)と呼ばれる生成AI製品の市場において、オープンAIがトップの座を確保するための重要な要素であり、同社の最近の3000億ドルという評価額を正当化する主な根拠でもある。
いま本当に問われるべきは、チャットGPTが最終的にLLM市場を支配することを示唆するような強力なネットワーク効果を備えているのか、という点である。もしそうでなければ、チャットGPTは似たような機能を持つ数多くの競合サービスの一つにすぎなくなり、現在の高い評価額を正当化するのは困難になるだろう。
ネットワーク効果を研究し、同分野のビジネスにエンジェル投資を行っている学者としての筆者らの見解では、チャットGPTの「現在の」ネットワーク効果はかなり弱い。
最近の成長は主に、製品としての優位性、巧みなマーケティング、バイラル性、そして強力なブランドによってもたらされている。これらはAI競争の初期段階においては極めて有用な特性ではあるが、グーグル、マイクロソフト、メタ・プラットフォームズといった強力な大手テック企業や、ディープシークやラマといったオープンソースの代替モデルとの競争においては、それだけでは不十分である可能性が高い。
チャットGPTが堅固な市場ポジションを確立するための最も現実的な道は、初期に得た優位を、強いネットワーク効果を活用することで持続的なものとすることである。チャットGPTのデータネットワーク効果は今後もある程度限定されたままである可能性が高いが、クロスサイドネットワーク効果には大きな成長の可能性があると筆者らは見ている。これにより、オープンAIはチャットGPTを、アップルのiOSやアップストアのようなプラットフォームへと進化させることができるかもしれない。
本稿ではチャットGPTに焦点を当てて議論を進めるが、こうした分析は、ネットワーク効果を通じて初期優位を活かし自社の差別化を図ろうとする他の主要なAI企業(生成AIに限らず)にも幅広く当てはまる。AI主導のネットワーク効果の構造と強度を理解することは、単なる概念的な営みではない。これは、AI企業の長期的な市場防衛力と成長可能性を評価する投資家や、どのAIモデルを基盤として自社のカスタムツールや製品を構築すべきかを判断するビジネスリーダーにとって、極めて実践的な意義を持つ。
以下では、チャットGPTが現在ネットワーク効果の強化に向けてどのような取り組みを行っているのか、そしてさらにそれを強化するために何が可能かについて説明する。
データネットワーク効果
フェイスブックやインスタグラムといったSNSとは異なり、チャットGPTのユーザーは他のユーザーの存在から直接的な利益を得るわけではない。ただし、データを通じた間接的な「サイド内ネットワーク効果」(プラットフォームにおいて、同一グループのユーザーが増えることで、そのグループ全体の価値が向上する現象)が存在する。チャットGPTは、より多くのユーザーにサービスを提供することで学習し、すべてのユーザーにとって製品を改善できる。では、この効果は実際どの程度強いのか。
その答えを明らかにするには、データネットワーク効果がどのように機能するのかを説明し、グーグル検索のそれと比較するのが有効である。
ユーザーがグーグル検索でクエリを入力し、検索結果の青いリンクの一つを(他のリンクではなく)クリックすると、そのリンクの関連性を示す明確かつ客観的なシグナルがグーグルに提供される。このシグナルはアルゴリズムにフィードバックされ、別のユーザーが同じまたは類似のクエリを入力した際に、その同じ青いリンクがより目立つ形で表示されるようになる。
グーグルはクリック率だけでなく、滞在時間、直帰率、ページ滞在時間など、ユーザーのインタラクションに関する多様な指標を活用できる。これらの指標は、ユーザーがクリック後にその検索結果に対してどのような行動を取ったのかを示す手掛かりを提供する。こうした指標を分析することで、コンテンツがユーザーにとって実際に有益かつ魅力的かどうかを判断しやすくなり、全体的な検索体験の向上につながる。
一方、チャットGPTにはこのような明確で客観的なシグナルが欠けている。おそらく多くのユーザーは、各回答の下部に設けられたサムズアップ/サムズダウンのボタンをクリックしないだろう。仮にクリックされたとしても、そのシグナルはしばしば情報価値が低い。ユーザーは回答の内容に同意したのか、表現方法が気に入ったのか、あるいは単にランダムにクリックしただけなのかが判別できない。
同様に、チャットGPTが2つの異なる回答を提示して選択を求める場合でも、ユーザーは一方あるいは両方の回答をざっと確認するだけで選ばないこともある。たとえ一方を選んだとしても、その選択がもう一方より客観的に優れていることを示す信頼できる指標かどうかは不明である。ユーザーが単に迅速に答えを得るために、無作為に選んだ可能性もある。
ユーザーがチャットGPTと双方向のやり取りを行う場合、単純な検索クエリよりもはるかに豊富なデータが生まれる、という反論があるかもしれない。これは時間の経過とともに、ユーザー体験の向上に寄与するはずである。
しかし、その向上が当該ユーザーに限定されるのであれば、それは主としてそのユーザーのチャットGPTに対する定着度を高めるだけであり、データネットワーク効果を生み出すものではない。データネットワーク効果が成立するためには、あるユーザーとの会話が他のユーザーの体験向上にも寄与する必要がある。チャットGPTがこれをどの程度実現しているかは明確ではない。
たとえば筆者がチャットGPTに「ハンガリーの首都はどこか」と尋ね、「ブダペスト」と回答されたとする。それに対して筆者が「いいえ、それは間違いです。本当はブカレストです」と反論した場合を考えてみよう。
あるいは、筆者がコーディングの問題について質問し、チャットGPTが提示したコードに対して修正を加え、「このコードには問題があったので、こちらのほうが望ましい」と伝える場合もある。
チャットGPTが他のユーザーとやり取りを行う際に、上記の会話から何か活かせること、または活かすべきことはあるだろうか。あるかもしれないが、そうすることで事態が悪化する(LLMが汚染される)可能性もある。ユーザーは個別の動機やニーズ、嗜好を持っており、なかには地理やプログラミングに関する知識が著しく乏しい者や、酩酊状態で使用する者、AIを意図的に混乱させようとする者もいる。そして、時間帯によっては、これらすべてに該当するユーザーも存在する。
さらに、多くのチャットGPTユーザーは(企業向けのチャットGPTエンタープライズの顧客は確実に)、自分のデータから得られた学習成果を他者と共有しない選択を行う可能性がある。これは、チャットGPTのデータネットワーク効果に対する重大な制約となる。
とはいえ、多くのユーザーとの会話を通じて明らかになる大まかな行動パターンの中には、少なくとも次のモデルリリースまでの間に、チャットGPTを全体として改善する手掛かりとなるものもあるかもしれない。たとえば、ユーザーが詳細な例に対して高いエンゲージメントを示すことにオープンAIが気づいた場合、今後のチャットGPTのバージョンでは詳細な例示を増やすよう訓練するだろう。
それでも、この種のデータフィードバックループはあまり迅速ではなく、より限られたものになる。また、こうして得られた改善内容は、競合他社に模倣されやすい。
これと似た枠組みとして、チャットGPTは人間を介在させた強化学習を通じて、一定のデータネットワーク効果を生み出している。この場合の人間とは、オープンAIの従業員(あるいは契約業者)であり、彼らはさまざまな出力に対して有用性や安全性などの観点からスコア付けを行う。これは通常、事前学習の後、新たなモデル(チャットGPT-5など)をリリースする前に実施され、過去のモデルのユーザーとの会話から得られた出力も対象となる場合がある。
さらに稀なケースとして、人間のモデレーターによる強化学習が行われることもあるが、この場合のフィードバックループは非常に遅く、かつ拡張性に乏しい。
要するに、チャットGPTのデータネットワーク効果は、少なくとも現在のところ、グーグル検索と比較すると特に、あまり強力とは言いがたい。
クロスサイドネットワーク効果
2024年1月、オープンAIはGPTストアを立ち上げ、ユーザーは同社のGPTモデルを基盤としたサードパーティ製GPTを発見できるようになった。本稿執筆時点では、サードパーティ製GPTはGPTストアの専用サイト、あるいはチャットGPT内で「GPTを探索」をクリックすることで見つけることができ、さらにチャットGPT内でそれらと直接やり取りすることも可能である。
一見すると、GPTを探索してチャットGPT内で利用する体験は、アップルのアップストアでアプリを探し、iPhone上で利用するのに似ているようにも思える。しかし、現在の仕組みにおいては、チャットGPTのユーザーとGPT開発者の間に生じるクロスサイドネットワーク効果は、iPhoneとアップストアのユーザーとiOSアプリ開発者の間に見られるそれと比べて、著しく弱い。
その主な理由は、ユーザーがいま、オープンAIのモデルを基盤としたサードパーティ製GPTにアクセスし、機能を完全に利用するために、わざわざチャットGPTを使う必要がないからである。これに対し、iOSアプリをアップストアからダウンロードして使うためには、ユーザーはiOSデバイス(iPhoneやiPad)を購入しなければならない。
現時点では、ユーザーは単にサードパーティ製GPTに直接登録して利用することができる。また、チャットGPT内で発見可能なサードパーティ製GPTの多くは、チャットGPT内で基本的な操作を提供しているものの、通常は専用アプリやウェブサイトへとユーザーを誘導し、そこで完全なサービス体験を提供している。
たとえば、エクスペディアのGPTは、ユーザーがチャットGPT内でホテルやフライトを検索することを可能にし、その後、予約を完了(あるいは、さらに検索を継続)するためのエクスペディア・ドットコムのリンクを提示する。
技術的な観点から言えば、ユーザーがサードパーティ製GPTを利用するために、チャットGPT側に依存する要素は存在しない。実際、チャットGPTには、ユーザーがサードパーティとの取引をその場で完了するために必要なインフラが(少なくとも現時点では)備わっていない。
その結果、GPTストアを通じての見つけやすさという点を除けば、たとえばエクスペディアのようなサードパーティ開発者がGPTを活用するかどうかを判断する際に、チャットGPTの登録者数はそれほど大きな意味を持たない。
ただし、この状況は今後、劇的に変わる可能性がある。これについては次に論じる。
チャットGPTのネットワーク効果が強まる可能性
先述の通り、チャットGPTのネットワーク効果は現時点ではそれほど強力ではないと考えられる。とはいえ、AI製品の急速な進歩を考えると、今後オープンAIがこれら2種類のネットワーク効果をどこまで強化できるのかを問うことは重要である。
データネットワーク効果の強化は、より優れたデータフィードバックループを生む新機能と、LLMの基盤技術の進化を組み合わせることで達成できる可能性がある。
たとえば、チャットGPT内に文書の作成と保存の機能を追加すれば、そこから得られる追加的なシグナルを通じて、ユーザー全体の行動をより確実に学習できるようになるかもしれない。また、ユーザー行動をより効果的に解釈できるようなアルゴリズム設計の技術的飛躍も、データネットワーク効果を高める要因となるだろう。
しかし、自由形式の会話から明確なシグナルを抽出することは、ウェブサイトのクリックのような構造化されたユーザー行動を分析するよりも、本質的に困難である。そのため、オープンAIがどれだけ革新的な機能を導入しようとも、またアルゴリズムがいかに進化しようとも、チャットGPTにおけるデータドリブンなネットワーク効果は、根本的に限定的なままである可能性が高い。
これに対し、オープンAIがクロスサイドネットワーク効果を強化できる余地は、はるかに大きい。ここには、両立可能な2つの方法がある。
1つ目は、GPTストアを生成AIアプリケーション向けの本格的なマーケットプレイスへと進化させ、そのネットワーク効果を高めることである。アマゾン・ドットコムやブッキング・ドットコムのように、価値の源泉は「発見」と「取引」にある。ユーザーは単一のログイン、統一されたユーザーインターフェース、保存された対話履歴や取引履歴を活用しながら、さまざまなGPTを閲覧、比較、購入できるようになる。
オープンAIは 少なくとも、 GPTストア内での見つけやすさを改善し 、 本稿執筆時点で使われている単純で非効果的なキーワード検索では
ここで興味深い問いは、マーケットプレイスをGPT専用に限定すべきか、それとも他のモデル(ジェミニ、ラマ、クロードなど)を基盤としたサードパーティAIアプリケーションも含めるべきか、という点である。特定のモデルに依存しない最大級のマーケットプレイスにすることが目標ならば、後者のほうが明らかに理にかなっている。
ただし、マーケットプレイスをオープンAIのモデル上で構築されたGPT専用にすれば、同社のモデルの競争優位性をより効果的に高めることができる。これは、次に述べる第2の戦略と組み合わせた場合に特に有効となる。
2つ目の戦略は、チャットGPTを生成AIアプリケーションのオペレーティングシステムのようなもの、すなわちユーザーがさまざまなGPTとやり取りを行うための汎用的なプラットフォームへと進化させることである。iOSがアプリとユーザーをつなぐように、チャットGPTは、多数のAIエージェントへのアクセスと、その相互作用を調整するためのインターフェースとなりうる。
したがってオープンAIは、開発者に対して、単に自身のウェブサイトやアプリ上で使用されるGPTを構築可能にするだけでなく、それらのサードパーティ製GPTがチャットGPT内でより効率的に動作するよう支援するソフトウェアツールを提供することになる。
ユーザーに対しては、自身の会話内容や個人情報が複数のGPT間でどのように共有されるかを管理できるようなデータインフラを、プラットフォーム側が提供することができる。
ここでの目標は、チャットGPTを数あるアプリの一つに留めるのではなく、エコシステム全体をつなぎとめる中核的な存在とすることである。
それによりユーザーには一元的な管理、プライバシーの確保、利便性を提供し、開発者には、チャットGPTの体験と緊密に統合されたGPTを構築するインセンティブを提供することになる。
さらにここには、チャットGPTの使用に最適化された専用デバイス(あるいはデバイス群)を含めることも考えられる。サードパーティ製GPTを最大限に活用するには、こうしたデバイスの導入が必要になる可能性がある。噂を呼んだオープンAIによるハードウェアスタートアップの買収
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オープンAIはチャットGPTとGPTストアを、アップルのiPhoneとアップストアの組み合わせに匹敵する主要なプラットフォームのフランチャイズへと発展させる可能性を秘めている。このビジョンを的確に実現できれば、最近の3000億ドルという評価額でさえ、やがて控えめに映るかもしれない。
より広い視点で見れば、データおよびクロスサイドネットワーク効果をめぐる同様の課題は、クロードやジェミニ、パープレキシティといった他のLLMおよびAIプラットフォームにも等しく当てはまる。これらの企業もまた、自社を差別化し、持続可能な競争優位を構築しようと試みているからだ。
"Could the GPT Store Turn ChatGPT into a Platform Powerhouse?" HBR.org, May 21, 2025.