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病気でも働いている従業員
救急医であるライザは熱があり、しつこい咳も続いていた。しかし、厳格なシフト制のため、柔軟に働くことができなかった。最近産休から復帰したばかりで、病欠すれば「職務に対する責任感が低い」と見なされるのではないかと懸念していた。そのため、疲労困憊の状態でも勤務を続け、結果として患者や同僚を感染リスクにさらした。
テクノロジー企業のマーケティングマネジャーであるジョーダンは、悪寒と倦怠感を覚えていた。リモートワークが可能で、病気休暇の取得についても上司から明確に勧められていたが、重要な会議を欠席したり、締め切りを守れなかったりすれば、信頼性に欠けると見なされるのではないかと懸念していた。そのため、休みを取らず、カメラをオフにして会議に参加し、終日メールに返信し続けた。
ライザとジョーダンの経験は、状況こそ異なるが、職場で拡大しつつある「プレゼンティーイズム」(病気であるにもかかわらず出勤または勤務を続ける行動)と呼ばれる課題を浮き彫りにしている。たとえ病気休暇を認めている職場であっても、2023年の調査によれば、米国の従業員の約90%が病気の状態で勤務し、40%が病気休暇の取得を躊躇していたことが明らかになった。皮肉なことに、感染症に罹患していながら勤務を続ける傾向は、医療従事者、特に医師の間で最も顕著であった。
プレゼンティーイズムは、個人の不安や不便を超えるコストを企業に引き起こしている。米国の企業は年間最大1500億ドル、つまり常習的欠勤の約10倍の損失を被っている。それにもかかわらず、多くの経営幹部はこの問題を過小評価している。病気で勤務する従業員は集中力が低下し、意思決定が遅れ、ミスが増加し、結果として個人の生産性は3分の1以上も低下する可能性がある。こうした影響はチーム全体に波及し、ボトルネックや非効率を生じさせ、組織全体の成果を損なう。また、プレゼンティーイズムは病気の拡散を加速させ、欠勤コストを年間2250億ドル以上にまで押し上げる要因となっている。
慢性的なプレゼンティーイズムは、仕事に関連するストレスやバーンアウト(燃え尽き)を悪化させる。2024年には、米国の労働者の約60%が中程度から非常に高いレベルのバーンアウトを経験した。バーンアウトに陥った従業員は離職の可能性が高く、その損失は当該従業員の年収の40〜200%に相当するコストとして企業にのしかかる。
さらに、長期にわたるプレゼンティーイズムは、健康状態の悪化を招き、深刻な慢性疾患の発症や長期化を引き起こす可能性があり、医療費や障害保険請求の増加を通じて、組織のリソースに重大な負担を与える。
米国の雇用主にとっては、有給の病気休暇制度が整備されていないこと、医療費や託児費用の上昇、社会的セーフティネットの不備などが重なり、この問題の深刻度は特に高い。従業員たちは、「仕事を休むか否か」という単純な選択をしているのではなく、「自分の健康」「次の給料」「昇進の可能性」といったリスクのうち、どれを引き受けられるかという選択を迫られているのである。プレゼンティーイズムの根本的な原因を理解すれば、リーダーは表面的なポリシー調整に留まらず、より構造的な改革に向けた対応が可能となる。
本稿では、経営幹部が直接コントロール可能な3つの手段と、プレゼンティーイズムを抑制するための枠組みを示す。
プレゼンティーイズムの背後にある3つの組織的圧力
筆者らの最近の研究(より広範な研究に支えられ、全米1億6800万人超の労働者を代表するよう統計的に調整された全国サンプルを用いた)から明らかになったのは、プレゼンティーイズムが単なる個人の判断や病気休暇制度の有無だけに起因するものではないということである。すなわち、仕事の設計、業界全体に共通する労働構造、いつでも対応可能であることや献身性に関する文化的規範の影響である。これらの分析により、プレゼンティーイズムを引き起こす3つの主要な組織的要因が明らかとなった。
1. 男性と女性では雇用の柔軟性の受け止め方が異なる
筆者らの調査において、看護、教育、事務支援など柔軟性に乏しい厳格な職種に就いている女性は、同様の職種に就く男性と比べて、病気の際に働く日数が著しく多かった。雇用の安定性に対する不安、経済的な負担、病気休暇の取得による不利益への懸念といった要因により、これらの職種に就く女性は、体調が悪いときにみずからの健康を優先することが難しくなっている可能性がある。
一方で、非常に柔軟性の高い職種に就いている男性は、同様に柔軟な職に就いている女性よりも、病気の際の勤務日数が多い傾向にあった。このことは、柔軟な勤務形態があれば、健康管理もしやすくなるという前提を疑問視させるものである。柔軟な働き方が可能であっても、一部の従業員(特に男性)は常に対応可能であることが期待されるというプレッシャーを感じており、「常にオン」であることが熱意、成功、昇進と結びつけられる文化的規範が存在していることが浮き彫りとなった。
2. 病気でも働くのはジェンダー化された職業とプレッシャーを反映している
職業分離(男女が異なる分野に偏って従事する傾向)は、こうしたジェンダーに基づく圧力をさらに強めている。女性が多数を占める教育、医療・福祉、事務などの分野では、スケジュールが硬直的で、出勤要件が厳しく、自律性が乏しく、慢性的な人手不足が続いており、病気休暇の取得を困難にする構造的な障壁が存在している。
一方、男性が多数を占める工学、金融、テクノロジーなどの分野では、表向き柔軟な働き方が認められていることが多いが、いつでも対応可能であることに報いる文化が根づいており、かえってプレゼンティーイズムを促進する傾向がある。
さらに、雇用の安定性がプレゼンティーイズムの傾向を強めることも明らかとなった。雇用が不安定だと感じられている状況では、女性は男性よりも一貫して病気による欠勤日数が少なく、信頼性を示そうとする圧力をより強く感じている可能性がある。しかし、雇用の安定性が高まるにつれて、女性の病気休暇取得率が上昇し、職業的な不利益への不安が安定によって軽減されることが示唆された。
一方で、男性は雇用が安定していてもプレゼンティーイズムを続ける傾向にあり、常に対応可能であることが文化的期待として根強く残っていることが示唆された。
3. 仕事の要求が資源を上回ると、病気でも働く人が増える
組織心理学者らが提唱した「仕事の要求度-資源モデル」(JD-Rモデル)は、職場環境が従業員の健康、生産性、組織の業績にどのような影響を及ぼすかを説明している。この枠組みによれば、職場環境は以下の2つに分類される。
・仕事の要求:膨大な業務量、硬直的なスケジュール、厳しい納期、常時の対応を求められることなど、身体的・精神的・感情的努力を持続的に必要とする業務。
・仕事の資源:柔軟なスケジューリングや勤務場所、自律性、上司からの明確な支援、代替要員の存在、オープンなコミュニケーションといった要求に、従業員が対応できるよう支援的要因。
仕事の要求が継続的に資源を上回る状況では、プレゼンティーイズム、バーンアウト、欠勤、生産性の低下、職務満足度の低下が発生しやすくなる。逆に、要求と資源のバランスが取れていれば、モチベーションと健康、生産性が高まる。
構造的な不均衡は、ジェンダー規範や職業の偏在によってさらに悪化しており、このことは、病気休暇の拡充やリーダーによる善意の行動(リーダーがみずから休暇を取る姿勢を示したり、メール対応の範囲に制限を設けたりするなど)が、なぜ効果を上げにくいのかを説明する手掛かりとなる。柔軟性、自律性、支援に関するより深いギャップに対応するために仕事を再設計しない限り、表層的なポリシーだけでは、プレゼンティーイズムを本質的に減らすことはできない。
シニアリーダーのための戦略的かつ構造的なアプローチ
JD-Rモデルを用いて組織構造を意図的に評価・再設計することで、プレゼンティーイズムを大幅に減少させ、従業員のウェルビーイングを高め、組織の長期的なレジリエンスを強化することができる。
1. 仕事の要求と資源を職種ごとにマッピングし、不均衡な部分を特定する
まず、主要な職種カテゴリーに共通する主な圧力と支援要素を把握するため、広範な診断を実施する。職種ごとに、仕事の要求(業務量、スケジューリング、即応性の期待など)と、仕事の資源(自律性、柔軟性、代替要員、上司からの支援など)の度合いをマッピングする。この診断の枠組みを使って、不均衡が最も顕著な領域を特定する。以下に情報収集のための具体的な戦略を挙げる。
・職種や役割別に階層化された匿名のパルス調査を実施する
・マネジャー主導のフォーカスグループを開催し、定性的な洞察を得る
・既存の調査に質問項目を統合して、データ収集を効率化する
・ヒートマップのような視覚化ツールを使って、常に要求が高く資源が少ない役割を特定する
要求が大きく資源が乏しい役割は、プレゼンティーイズムやバーンアウトのリスク兆候である。これらの不均衡は、過剰な要求の削減や資源の強化、あるいはその両方を通じた介入の出発点として適している。
JD-Rモデルの適用における実践的な参考事例としては、オランダ最大規模のホテルチェーンがある。同社は22軒のホテルで1000人以上の従業員を雇用しており、オンライン調査ツール「エナジー・コンパス」を用いて仕事の要求と資源を評価した。ここで、自己裁量、社会的サポート、専門能力開発の機会など、仕事の資源に焦点を当てた介入を行った結果、バーンアウトが大幅に減少し、従業員のエンゲージメントが著しく向上した。この事例は、JD-Rモデルという枠組みを体系的に活用することで、従業員のウェルビーイングと組織の業績の両方に意味のある改善がもたらされることを示している。
2. ストレスやプレゼンティーイズムの初期兆候を把握し、対応できるようマネジャーを訓練する
マネジャーがストレスや過重労働の初期兆候を積極的に把握し、対応できるようにするため、実践的なツールを提供する。初期兆候には、明らかに体調が悪いにもかかわらず勤務を続けている、深夜に頻繁にメールを送っている、必要な病気休暇の取得をためらっている、といった行動が含まれる。これに対してマネジャーは、タスクの再配分、一時的な柔軟なスケジュールの提供、明確な委任計画の策定などを通じて、業務負荷を軽減するための早期介入策を講じることができるよう訓練を受けるべきである。
2020年から2023年にかけて、英国の7000社以上を対象とした包括的な調査によると、ラインマネジャーにメンタルヘルス意識向上研修を実施している企業は、従業員にプレゼンティーイズムが見られる可能性が有意に低かった。ストレスの兆候を的確に把握し、早期に介入できるよう訓練されたマネジャーは、従業員のバーンアウトを減らし、組織全体のウェルビーイングを向上させることができる。
3. 継続的なフィードバックと対応の仕組みを構築する
初期診断によって構造的な不均衡が明らかになるが、継続的なフィードバックループを維持すれば、仕事の要求と資源の変動をリーダーがモニタリングでき、問題が深刻化する前に対応することができる。簡易な調査を定期的に実施し、チーム単位で仕事量、柔軟性、支援の認知度を追跡する。
その後の対応も同様に重要である。リーダーはその結果を、透明性を持って共有し、プロジェクトのタイムラインの調整、タスクの再割り当て、繁忙期における一時的なサポートの提供など、目に見える形で迅速な対応を取る必要がある。こうした継続的なフィードバックループは、プレゼンティーイズムやバーンアウトの防止だけでなく、経営幹部が従業員の声に継続的に耳を傾け、対策を講じていることを示すことで、信頼の構築にもつながる。
たとえば、マイクロソフトは新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最中に、従業員に「デイリーパルス」調査を毎日実施し、ウェルビーイング、業務量、ストレスレベルをリアルタイムで追跡した。マネジャーは結果を週次で確認し、優先順位の見直し、プロジェクトのタイムライン調整、「会議ゼロの日」の導入などを通じて、業務量の削減に努めた。このような迅速な対応体制により、経営幹部はプレゼンティーイズムが長期的なバーンアウトや離職に発展する前に介入できるだけでなく、従業員のフィードバックの重要性を示し、説明責任、即応性、ケアの文化を強化することができる。
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経営幹部には、プレゼンティーイズムを引き起こす構造的要因を是正するための独自の手段がある。有能なリーダーは、プレゼンティーイズムを個人の欠点や病気休暇制度の問題と見なすのではなく、組織構造や文化的規範といったより大きな課題の一症状として認識することができる。そしてJD-Rモデルを戦略的に活用することにより、より健全な職場を育み、生産性を向上させ、従業員の満足度を高め、組織のレジリエンスを大幅に強化できる。
誰しも病気になることはある。先進的な組織は、単に病気休暇の取得を奨励するだけでなく、従業員のウェルビーイングを組織構造、文化、そして経営戦略に体系的に組み込んでいる。
"Research: Why Employees Work While Sick - and How Leaders Can Stop It," HBR.org, June 03, 2025.