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AIへの投資は期待外れに終わるのか
プライベートエクイティ(PE)企業にとって大きな関心は、ポートフォリオ企業(投資先企業)への投資から迅速に価値を引き出すことだ。基本は「買って売る」こと。過小評価されていると自分たちが考える企業を買収し、5~7年で業績と財務状況を改善してから売却する。AIがもたらす変革に期待が高まる中、PE業界はこのテクノロジーをどのように活用できるかという点にますます注目している。
問題は、AIへの投資によって迅速に価値を創出することが、現時点では確実だとはとうてい言えないことだ。調査によると、生成AIを実際の業務で本格的に運用している企業は20~25%に留まる。大手企業120社の技術部門のリーダーを対象に最近行われた調査では、「大幅な」ROI(投資利益率)を達成したのはわずか10%、中程度のリターンは11%だった。残りの企業はリターンがまったくないか、期待外れという回答だった。これらの調査は生成AIに焦点を当てているが、分析型AIについても多くの企業で利益率の低さが以前から指摘されている。
それでも多くの投資会社がこの課題に積極的に取り組んでおり、プロセスを構築してユースケースを開発している。これらの取り組みが洗練され、実証されれば、再現可能な形で導入して、安定した価値創出を推進できるだろう。
筆者の一人であるマヒダルは、アポロ・グローバル・マネジメントのオペレーティングパートナーとして、データ・デジタル・AIチームの責任者を務め、ポートフォリオ企業におけるAI投資のリターンの最大化を目指している。もう一人の筆者であるダベンポートは、AIを研究する学術研究者で、PE企業のエグゼクティブ教育に携わっている。
筆者らは業界の取り組みを把握するために、AIを通じた価値創出についてPE企業8社にインタビューを行った。うち3社は、投資プロセスにおいてAIおよびデジタル・トランスフォーメーション(DX)の機会を追求するために設立された。MGXはAIベンダーとインフラに注力し、BayPine(ベイパイン)はポートフォリオ企業において(AI技術の採用を含む)DXを推進し、GrowthCurve Capital(グロースカーブ・キャピタル)はデューディリジェンスとポートフォリオの価値創出でAIを活用している。
今日では多くの企業にとって、AIによる価値創出は難しい課題だ。その中でも比較的短期間で価値を生み出すことが要求されるPE企業は、この分野でイノベーションを推進していくことについて独自の視点を提供する。
AIを活用した価値創出の準備
PE企業は段階的なプロセスを経てAI投資から価値を得る。その最初の段階は、PE企業内での準備だ。
最初のステップはコミットメントと人材の確保である。当たり前のことのように思えるかもしれないが、AIイニシアティブを成功させるためには、PE企業とポートフォリオ企業の双方のリーダーシップが、AIに価値創出の大きな可能性があることを理解する必要がある。教育や説得が必要になるかもしれないが、成功に欠かせない前提条件だ。
ある有力なPE企業では、最初の取り組みとして、PE企業とポートフォリオ企業内でAIの変革的な役割をすでに理解しているリーダーを特定した。彼らは、よりコミットメントの低い経営陣を説得した。
コミットメントが確立されたら、PE企業内とポートフォリオ企業の第一線のリーダーシップ層で人材を確保する。いくつかの企業は当初、これらの役割にデータサイエンティストを採用しようと考えたが、業界の共通認識として彼らを採用して定着させることは困難であり、また、多くの価値創出プロセスにおいて彼らのスキルが必須というわけでもなかった。
AIイニシアティブに最適なリーダーは、取引のプロセスを理解していて、ポートフォリオ企業と連携できるオペレーティングパートナーだ。ポートフォリオ企業でAIソリューションを構築して展開する際は、複数のデータサイエンティストを起用することも合理的なアプローチの一つだが、筆者らがインタビューをした企業の大半はこの部分を外部コンサルタントに委ねている。MGXのオペレーティングパートナーのミシャ・ログヴィノフは次のように語る。
「データサイエンティストの役割は、一部のイニシアティブでは依然として重要だが、AI開発と分析ツールの進化のおかげで、フルスタックのAIエンジニア(開発工程のすべてあるいは大部分を1人で担当できるエンジニア)が該当分野の専門家と緊密に連携しながら、大規模なAIソリューションを迅速に構築して展開できるようになった」
AIプロダクトの構築に向けた準備として次の段階は、AIのエクスポージャーを評価して詳細なAIデューディリジェンスを行うことだ。これには複数のプロセスがある。AIのエクスポージャー評価は、企業ではなく業界を対象とし、AIのリスクと機会を特定して、最も大きなポジティブまたはネガティブな影響を受けそうな業界を明らかにする。
この評価は企業をAIによる好機が見込まれる領域へと導き、リスクの高い領域から遠ざける。今回インタビューをしたすべての企業がこのエクスポージャー評価を行っているわけではないが、アポロは実施しており、同社のパートナーたちは非常に有用だと考えている。
詳細なAIデューディリジェンスは、企業買収を検討する際に、その企業の将来の価値創出でAIが果たす役割と潜在的な影響を理解するために行われる。このプロセスでは、(生成AIに影響を受ける可能性のある)知識労働者の数、労働力の自動化や拡張の可能性、AIに関連する競争環境、コストの影響と導入の準備状況を考慮した詳細な財務分析などを評価できる。
AIの潜在的な価値を重視するPE企業にとって、このプロセスはますます重要になっている。インタビューをしたあるPE企業では、AIのデューディリジェンスのプロセスに25人のゼネラルパートナーが関与していた。もちろん、外部のコンサルタントの支援を受けることもできる。
ベイパインのパートナー兼ポートフォリオ・オペレーション部門の責任者のコリー・A・イーブスは、「データとAIによる価値創出を買収プロセスの初期から組み込むことは、所有期間中に(デューディリジェンスが)成功する可能性を格段に高める」と強調する。アポロも同様のアプローチを採用し、個別の投資を検討する際に必要に応じてAI関連のデューディリジェンスを組み込んでいる。
ただし、画一的なアプローチはない。デューディリジェンスのプロセスでAIを考慮するとインタビューで語ったPE企業も、必ずしも体系的な評価をしているわけではない。あるPE企業のAIの専門家は、ポートフォリオ企業における価値創出には「ゼネラリスト的なアプローチ」を採用しており、AIは一部の業界や買収案件についてのみ考慮されると説明する。
ポートフォリオ企業におけるAI導入
PEファンドが企業を買収すると、AI関連の活動は、買収先企業におけるAI製品やプロジェクトの計画と導入へと移行する。これには具体的なユースケースや実行計画の策定、CEOを含む経営陣との緊密な連携が含まれる。
この重要なステップには、いくつか有効なアプローチがある。たとえば、ある有力なPE企業は「フライホイール」(弾み車)のアプローチを採用している。AIでビジネスの課題を解決するだけでなく、ポートフォリオ企業内に持続可能な能力と勢いを構築することを重視したものだ。フライホイールの構成要素には次のものが含まれる。
・AIガバナンスとコンプライアンス
・人材採用
・取引のテーマに沿ったユースケースの特定と優先順位付け
・テクノロジーのパートナーシップ(PEファンドが選定する)
・実装のパートナー (PEファンドが選定する)
・導入と価値実現
別のPE企業は、価値のあるユースケースを特定するために「DANCE」のフレームワークを活用している。コンテンツの作成、パーソナライゼーション、従業員の生産性に焦点を当てたフレームワークで、生成AIのユースケースの特定に適している。
D:インサイトの発見
A:プロセスの自動化
N:製品やコンテンツの新規の創出
C:ソリューションのカスタマイズ (パーソナライズされた製品またはサービス)
E:パフォーマンス向上と従業員の生産性向上
実績のあるPE企業は、企業を買収した直後から将来のイグジット(売却)のシナリオを考える。その際はAIイニシアティブの実施に要する期間や、それが将来の買い手にとって企業をより魅力的にするかどうかを検討する。たとえば、PE企業のAI担当リーダー2人が指摘するように、生成AIを導入して個人の生産性を向上させることは、慎重に測定される成果がなければ買い手にとって魅力的に映らず、しかし、そうした成果を示すことは難しいものだ。
一般的に、PE企業は、AIによってオペレーション指標の改善が進み、所有期間を通じて勢いを示すことを期待する。あるエグゼクティブは、自社がAIを導入した初期の2022年当時は、AIのユースケースの概念実証(PoC)だけでも将来の買い手にAIの潜在価値を示すのに十分であり、実稼働に伴うさまざまな課題を回避できるだろうと考えていた。しかし、2025年のいまは、リミテッドパートナーシップ(LP)契約の投資家と将来の買い手の双方から、実証可能な価値を有する実稼働を確実に要求される。
いくつかのPE企業のAI担当リーダーは、AI構築の前にデータの品質を確保することが重要だと指摘する。分析型AIのユースケースは構造化データ、生成AIアプリケーションは非構造化データが対象になる。データ品質の問題はデューディリジェンスのプロセスで明らかになるのが理想だが、大規模なデータ管理にかかるコストと時間を考えると、改善すべきデータ領域を慎重に選ぶ必要がある。
「何もかもやりたくなる誘惑に負けないこと」と、あるAI担当リーダーは語る。
人材とチェンジマネジメント(変革管理)においても重要な課題がある。人材の観点からは、誰がAIの開発と実装を担当するかということだ。主な選択肢は3つ。すなわち、外部コンサルタントを活用する。ポートフォリオ企業の人材に頼る。技術的な能力を持ち、PE企業とポートフォリオ企業全体で導入を推進する専門チーム「センター・オブ・エクセレンス」(CoE)を内部で構築する。
インタビューをしたPE企業には小規模なCoEを構築しているところもあるが、主なアプローチは、ポートフォリオ企業が内部の専門性を補完できるような人材リソースのエコシステムを紹介することだ。あるPE企業のAI担当リーダーは、人材確保が難しいこともあって、ポートフォリオ企業に対し、AIアプリケーションを自社開発する代わりに購入するか、他のポートフォリオ企業が構築したユースケースを活用するように奨励している。
変革管理において重要な課題は、ポートフォリオ企業内のステークホルダーの理解と協力を得ることだ。「企業にとって自社のデータをバランスシート外の資産として捉える絶好の機会になる」と、グロースカーブ・キャピタルのデータ・アナリティクス部門の責任者であるサジャド・ジャファーは言う。
「データは潜在的な資産にも、潜在的な負債にもなりうる。プライベートエクイティ業界は『データファースト』の文化を浸透させようとしているところだ。この文化はCEOを起点に始まる。プライベートエクイティの取締役会も、CEOと経営陣を導くために『データファースト』のアプローチを取り入れつつある」
別のPE企業は、経営陣と取締役会をユースケースの優先順位付けに関与させてコミットメントを確立し、実施の責任を自主的に担う管理職を募っている。また、機能別の責任者(財務関連のユースケースであればCFO)をプロジェクトの主要な推進役にしている企業もある。
PE企業のAI担当リーダーたちは、(生成型のAIとは対照的に)分析型AIは、ポートフォリオ企業においてより迅速に価値を創出できることが多いと強調する。たとえば、あるPE企業は分析型AIを用いて、ポートフォリオ企業の最良の顧客と最悪の顧客を特定した。関連商品を提案して顧客単価を上げるクロスセルの機会を特定した例もある。生成型のAIによる価値創出を重視する企業もあるが、彼らは教科書会社やプロフェッショナルサービス企業のように、より優れていて、かつ低コストの製品やサービスを生み出す手段としてAIを捉えている。
このようにPE企業がAIを活用した変革に力を入れていることは、大規模な投資家がこのテクノロジーに価値を見出している証拠でもある。ただし、その価値はけっして自動的に得られるものではない。AIによる価値創出の推進を成功させる企業は、AIが他のマクロトレンドと関連して特定の業界に与える影響を俯瞰することができ、かつ、生産性、利益率、成長の測定可能な改善に結びつく限定的かつ具体的なユースケースに注力している。
PE企業とポートフォリオ企業におけるAIに特化したデューディリジェンスと価値創出の取り組みは、AIへの投資が十分な価値を生み出すためには慎重な分析、計画、実行が不可欠であることを明確に示している。PEの戦略が、内在的な価値創出の推進を重視する方向に進化している中、実証された再現可能なAIのユースケースがまさに開発されつつある。変革をもたらすこのテクノロジーを最大限に活用するためにPE企業が採用しているアプローチは、あらゆる企業が取り入れることができるし、取り入れるべきだ。
"How Private Equity Firms Are Creating Value with AI," HBR.org, June 16, 2025.






