イノベーションではなく「模倣」を目指すべき時とは
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サマリー:企業にとってイノベーションは、成長や業界リーダーへの道を切り開く王道と考えられがちだ。しかし、失敗の代償は大きく、常に最適な戦略とは限らない。場合によっては、「模倣」こそが業績向上の近道となることもある。本稿では、業界の成熟度と自社のポジションという2つの次元から、企業がイノベーションと模倣のどちらを選ぶべきかを見極める指針を示す。

成長のカギはイノベーションだけではない

 私たちは、業界でイノベーションを起こそうとする企業を高く評価する傾向がある。それは、その企業が可能性の限界に挑戦し、その努力によって並外れた収益を達成するからである。当然ながら、高い業績を誇る企業の大多数がイノベーションを3大優先課題の1つに挙げている。しかし、すべての企業がイノベーション投資によって利益を得ているわけではない。

 学者や実務家は、イノベーションの失敗は、開発や商業化の進め方に起因すると考えることが多い。しかし、筆者らの調査によれば、別の理由がある。イノベーションの試みが失敗するのは、多くの場合、企業が市場における自社のポジションを十分に理解していないからである。

 本稿で、私たちは一歩引いて考えてみる。企業はイノベーションの方法を決める前に、いつイノベーションを行うべきか、そしてむしろ模倣するほうが理にかなっているのではないかを問いかけるべきだと筆者らは考えている。企業によっては、華やかさはないものの、適切なタイミングで適切なライバルを模倣するほうが、まったく新しい道を開拓しようとするよりも、効果的で収益性が高い場合がある。

いつイノベーションを行い、いつ模倣するか

  筆者らは、数十年にわたる研究に基づき、企業が模倣戦略とイノベーション戦略のいずれを採用するほうが望ましいかを判断するための枠組みを開発した。この枠組みは、(1)業界の成熟度と、(2)企業の業界内でのポジションという2つの重要な次元に基づいて構築されている。

 「業界内でのポジション」とは、定められた評価基準に基づき、同業他社と比較した際の企業のパフォーマンスを意味する。評価基準は業界によって異なる。たとえば、航空会社は一般的に品質やコスト、スマートフォンメーカーは処理能力やデザイン、ソフトウェア企業は製品の信頼性やユーザーの利用容易性を競う。

 業界や市場で最も重要な評価基準を見定めることは、イノベーションか模倣かを判断するプロセスの一環として行うべきである。これは一見、骨の折れる作業に見えるかもしれないが、落胆する必要はない。市場調査や顧客調査で得たデータを活用すれば、業界において顧客が重視している属性や特徴を特定できる。

 次に、それらの評価基準に照らして自社がどの程度評価されるか、また競合他社と比べてどの位置にあるかを分析する。下記の図表は、これらの比較を視覚化するのに役立つもので、筆者らは「業界群図」(Industry Cloud Diagram)と名づけた。

業界の成熟度を評価する

 まず、この枠組みの最初の次元である「業界の成熟度」について、新興または若い業界と成熟した業界を比較してみよう。新興の業界では、プレーヤーの数が少ない。業界が成熟するにつれて参入者が増え、市場内で異なるポジションを占めるようになる。模倣すべきかイノベーションを起こすべきかは、業界の成熟度に大きく依存する。

 たとえば、1920年代初頭、自動車産業がまだ黎明期にあった頃、フォード・モーターは世界の自動車の50%以上を生産していた。1990年代には、自動車産業は数多くのメーカーが参入する世界的な産業へと成熟した。これには、米国の大手(フォード、ゼネラルモーターズ、クライスラー)、ドイツの高級・高性能ブランド(VW、BMW、ダイムラーベンツ、ポルシェ)、フランスの自動車メーカー(プジョー、ルノー)、イタリアの自動車メーカー(フィアット)、日本のメーカー(トヨタ、日産、ホンダ、三菱、スバル)、韓国の新規参入メーカー(現代、起亜、大宇)、さらにインド、中国、ロシア、東欧の新興メーカーが含まれていた。

 産業がまだ黎明期にある場合、価値ある未開拓の機会が多く存在するため、イノベーションが優位性につながる傾向にある。たとえば、1908年にフォードが「モデルT」を発売すると、ゼネラルモーターズ(GM)はその低価格と信頼性の高い品質を真似て市場に参入した。しかし、模倣が失敗に終わると、GMはイノベーションに切り替え、まったく異なる領域に進出した。マーケットをセグメント化し、カラフルで整ったデザインのクローズドボディ車を投入したのである。当時の業界は、T型フォードがスタンダードになるには若すぎたのだ。まだいくらでも改良の余地があり、このように別の路線で先駆けた企業は目覚ましい成功を収めた。

 GMは、フォードを単純に模倣するのではなく、フォードとは別の土俵、つまり未開拓の領域で新たなポジションを獲得したことで優位性を得た。同様のパターンは、現代の電気自動車産業の初期にも見られた。テスラが市場参入した当時、ほとんどの自動車メーカーは、既存のガソリン車に似た実用的な小型EVの製造に注力し、基本的に従来の自動車の型を模倣していた。一方テスラは、高性能なロードスターを、続いてラグジュアリーカー「モデルS」を発売してイノベーションを起こし、電気自動車が魅力的で、速く、憧れの対象となりうることを証明した。テスラは、長距離走行が可能なプレミアムEVという未開拓のセグメントを狙うことにより、依然として漸進的改善を試行錯誤していた伝統的な自動車メーカーを飛び越え、業界リーダーとしての地位を確立した。

 これとは対照的に、成熟産業では多くの企業がすでに市場を開拓し終え、可能な製品や領域をほとんど発見し尽くしている。地図がほぼ完成しているような状態だ。そのため、自社よりも比較的優位なポジションにいる企業を模倣することが改善の手段になる。

模倣半径を見定める

 成熟した業界では、競争において自社の少し先を行く、自社に近いライバル、つまり、遠く離れた業界リーダーではなく、模倣半径内にいるライバルを模倣することが最善の戦略である(自社がリーダーである場合を除く)。

 たとえば、1980年代の韓国の自動車メーカーは、日本の自動車メーカーを模倣した。これにより、韓国の自動車メーカーはパフォーマンスを向上させ、業界群図の中で同等のポジションに移動した。同時期に、ロシアの自動車メーカー、ラーダは米国およびドイツの自動車を模倣することによってパフォーマンスを向上させ、業界リーダーたちと肩を並べようとした。しかし、ラーダは、米独の企業とはあまりに隔たりが大きかったため、成功することはできなかった。模倣は、遠すぎない、模倣半径の内側に存在する競争相手をターゲットにした場合に成功する戦略である。ラーダは、近いライバルを順番に模倣し、小さいジャンプを繰り返して、最終的に業界リーダーを狙っていたら、より良い結果を得られたかもしれない。韓国の自動車産業は1990年代に活況を呈したが、ロシアの自動車産業はそうならなかった。

 同様のパターンは、現在のゲーム業界にも見られる。たとえばテンセントゲームズは、自社に近いライバルが開発したゲームに戦略的に投資したり模倣したりすることで、自社の能力を構築してきた。同社が開発したモバイルゲーム「アリーナ・オブ・ヴァラー」は、「リーグ・オブ・レジェンド」を手本にしており、模倣半径内のライバルをターゲットにしていた。このアプローチにより、テンセントはマルチプレーヤーオンラインバトルアリーナ(MOBA)のジャンルにおける専門性を短期間で取得し、モバイルゲーム市場で急速な成功を収めた。

戦略を導くための質問

 では、どのようにして、どちらの戦略を採用すべきかを判断するのか。意思決定を視覚化するための図表を作成した。要約すると、新興の業界ならば答えは明白で、イノベーションを起こすことである。反対に、成熟した業界ならば、競争上の自社のポジションに基づいて戦略を導くべきである。「模倣半径」、つまり追いつくことが現実的に可能な圏内の実績あるモデルに注力すべきである。

 実際の企業を思い浮かべながらこの図表を見るとわかりやすいだろう。ツァイスSMTは好例である。ツァイスは、半導体製造業という成熟した業界に属している。しかし、この業界、特に極端紫外線(EUV)光学分野では最先端にいる。ツァイスにとって、単にライバルを模倣することは、トップを走り続けることの役には立たない。自社より優れた、模倣すべきモデルが存在しないからだ。同社にとって最善の選択は、イノベーションによって限界をさらに押し広げることだ。

イノベーションか模倣かのための組織戦略

 イノベーションか模倣か、どちらの戦略で競争するかを決定した後、その新たな戦略目標をどのように実行に移すべきだろうか。それにはさまざまな方法があるが、ここでは最も一般的で影響力の大きいものに注目する。すなわち、組織構造の形成、人材の採用やアップスキリング、業務手順の体系化、選択したアプローチへの投資のタイミング調整である。この指針は、筆者らの研究を含む、数十年にわたる研究からの教訓と、実践で繰り返し観察されたパターンから得られた知見を抽出したものである。企業を取り巻く状況はそれぞれであるが、戦略的意図を行動に移そうとするリーダー向けに、実践的な出発点を提供する。

イノベーションを促進するには

 競合を凌駕したり、新たな領域を切り拓いたりしようとする企業が、社内で実行できる戦略的改革はさまざまだ。

組織構造:階層をフラット化することにより、部門横断型チームに権限を与え、自主性やオープンなコミュニケーション、迅速な実験を奨励する。

人材:創造性や発想力を強化する採用に注力する。

業務手順とプロセス柔軟性連携を促進する新たな手順の策定を検討する。

時間:イノベーションには時間がかかるため、長期的視点を重視する。

模倣を成功させるには

 模倣を追求する場合、上記とはやや異なる改革を実行する必要がある。

組織構造:実績ある手法模倣と適応を加速させるワークフローを標準化し、役割分担を明確にする。

人材:ターゲット企業やライバル企業から人材を採用して、内部知識や実践手法を取り入れる。

業務手順とプロセス:市場探索や市場調査を強化する新たな手順の策定を検討する。

時間:効率的にライバルに追いつくため、短期的な視点を重視する。

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 イノベーションは、大胆で、先見的で、変革的な名誉の象徴のように見なされる。しかし、現実はより複雑である。多くの企業はイノベーションに多額の投資をするものの、結局わずかな成果しか生み出せない。筆者らの研究と枠組みは、イノベーションの方法を考える前に、そもそもイノベーションが戦略的に正しい一手なのかを問うべきだと示唆している。業界内の自社の相対的な位置付けを理解することによって、より的確な選択ができるようになる。

 新興の業界にいる場合、または自社が業界の最先端付近に位置する場合には、新たな地平を切り開くためにイノベーションが必要となる。しかし、成熟した業界にいる場合は、模倣が業績向上への近道となる。模倣は失敗ではない。それは戦略的適応である。模倣すべきタイミングを把握していれば、リソースを節約し、リスクを軽減し、効果を加速させることができる。自社の位置を見きわめ、それに応じて組織を再構築することが経営者の成すべきことだ。答えがイノベーションであれ模倣であれ、成功は、組織構造、人材、業務手順、タイミングを現在の課題に適切に整合させることにかかっている。


"When to Innovate and When to Imitate," HBR.org, August 01, 2025.