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不況時の労働市場に見られる動き
数カ月にわたり、エコノミストやジャーナリスト、アナリストたちは、米国経済が景気後退(リセッション)に陥るのではないかと注視してきた。景気後退に陥ると、多くの企業は現金を確保し、業務を効率化し、マクロ経済の不確実性に直面した際の柔軟性を保つために、即座に人員削減に踏み切る。しかし、こうした雇用削減は労働者に深刻な打撃を与え、労働市場全体にも長く尾を引く損害を及ぼしかねない。
今回の新たな研究では、筆者らは、景気後退期における企業の人員削減が、従業員の長期的な経済的健全性や、彼らが属する労働市場にどのような波及効果をもたらすのか、そして企業のリーダーや政策立案者がそうした影響を緩和するために何ができるのかを調べた。その結果、人員削減が一時的に集中して行われると、レイオフによる労働者への悪影響がより強まることが分かった。これは、不況期の職の喪失がとりわけ労働市場に深刻な打撃を与える理由の一端を説明するものである。筆者らの研究は、景気後退期において企業と政策立案者が協力して労働者を雇用し続けることの重要性を示唆している。
企業の人員削減が経済全体に及ぼす影響
雇用削減は、特にそれがより広範な経済低迷の一部である場合、労働者に深刻な影響を及ぼしかねない。先行する学術研究では、企業によるレイオフについて2つの事実が示されている。第1に、景気後退が始まると、多くの企業が急激かつ突発的によりいっそうの人員削減に踏み切る。第2に、レイオフ通常期にレイオフされた労働者の将来生涯所得が11%減少するのに対し、景気後退期にレイオフされた場合は19%もの大幅な減少を経験する。これら2つの事実を合わせると、憂慮すべき状況が浮かび上がる。すなわち、企業は、労働者に最も大きな打撃を与える時期に、レイオフを加速させているのである。
それにもかかわらず、多くの企業経営者は、自社の財務の健全性や長期的な存続可能性を守るために、景気後退の初期段階で先手を打って人員削減という困難な決断を下さざるをえないと感じている。
しかし問題はここにある。景気後退期には、地域や産業の枠を越えて、多くの経営者が一斉に、いまこそ人員削減に踏み切るのが賢明だと判断する傾向がある。レイオフされた多くの労働者が新しい職を必死に探す状況では、健全な企業であっても新規雇用を受け入れるために事業計画を調整するには苦労するかもしれない。その結果、失業者は長期にわたる失業を余儀なくされ、技能や労働市場への結びつきが弱まってしまう。つまり、各企業にとっては合理的な意思決定であっても、市場全体としては非効率的な結果をもたらしうるということだ。
筆者らは、労働市場の急速な悪化を防ぐために何ができるのかをより深く理解するため、こうした波及効果の重要性を検証した。具体的には、1994年から2020年までの労働者の四半期ごとの雇用状況と労働所得に関する、米国国勢調査局の包括的な行政データを用いた。さらに、複数の地域市場で事業を展開する大規模な全国企業による雇用削減のばらつきを調査した。これらの企業は、信用状況など地域市場の景気動向とは無関係な要因に基づいて全社的なレイオフを決定する傾向がある。こうした企業は雇用全体に占める割合が大きいため、その雇用判断が地域の労働市場状況を大きく左右する。
筆者らの分析によれば、雇用の喪失は大きな負の波及効果をもたらす。雇用喪失率が1ポイント高い地域労働市場でレイオフされた労働者は、そうでない地域でレイオフされた労働者に比べ、その後6年間の所得が4200ドル少なくなると推定される。さらに、筆者らの研究結果は、景気後退期において、ある企業がレイオフを1件行うごとに、自社以外の労働者全体の年間所得が合計で1万7000ドル減少することを示している。言い換えれば、レイオフの積み重ねによって地域の労働市場は深刻に悪化し、その回復には何年もかかる可能性がある。
政策立案者と企業経営者ができること
筆者らの研究結果は、雇用喪失の累積的な影響が労働市場全体の状況を悪化させることで、労働者に大きな負担を課していることを示している。これが、大不況(グレートリセッション)から一部の地域が回復に苦しんできた理由の一つかもしれない。
政策立案者にとっては、レイオフの大きな波及効果が、景気後退時に雇用を直接安定させるための介入を強化する動機となりうる。欧州では、短時間勤務制度など雇用を維持するための補助金の拡充が長年にわたり労働市場政策の柱となってきたが、米国ではこうした取り組みは近年になってようやく試みられるようになった。その代表例が、新型コロナウイルス流行時の「給与保護プログラム」(Paycheck Protection Program)である。研究によれば、この制度は数百万の労働者の雇用喪失を防ぐ効果があった。しかし、対象の絞り込みが不十分で費用も膨大であったため、次の景気後退期に備えるにはより洗練された政策設計の余地が残されている。