CEO交代を円滑に進める「去り際」のマネジメント
Mihaela Rosu/Getty Images
サマリー:CEOの「最初の100日」に比べ、「最後の100日」が注目されることは少ない。しかし、退任プロセスの成否は、株主価値や企業文化、個人の評判に甚大な影響を及ぼすおそれがある。多くの組織がこの対応に苦労しており、... もっと見る円滑な移行には意図的な設計が不可欠だ。本稿では、筆者らの豊富な経験とインタビューに基づき、取締役会長と退任CEOが協力して取り組むべき、戦略的かつ人間的な「去り際」におけるマネジメントの指針を提示する。 閉じる

CEOの「最後の100日」が企業価値に影響を与える

 リーダーシップの移行は、極めて重要な転換期である。CEOの在職期間の最初の100日間については研究し尽くされている。一方で、最後の100日間となると、研究の数ははるかに少ない。だが、退任が円滑に進まなければ高い代償を払うことになり、円滑に行えれば複合的なメリットを享受できる。企業が移行の対応を誤ると、株主価値は低下し、戦略は不安定になり、信用も損なわれる。CEO個人においても、アイデンティティを揺るがされ、人間関係に緊張が生じ、評判が傷つくこともある。

 CEOの交代を円滑に進めることで、方向性が再確認され、価値観が強化され、信用を高めることができる。とはいえ、エグゼクティブの退任の対応に習熟しているリーダーや取締役会はごくわずかだ。

 筆者らは、何百人もの退任予定のエグゼクティブにアドバイスを提供してきた(2人合わせて60年の経験になる)。また最近では、十数人のCEO、CFO、株式アナリスト、さまざまな地域や業界のリクルーター(人材紹介業者)にインタビューを行った。それらを踏まえ、筆者らはCEOの交代にはさらに意識的なアプローチが必要だと考えている。退任するCEOが表舞台に立つ存在ではあるが、円滑な退任には必ず関係者の協力が必要になる。本稿では、取締役会長と退任するCEOが高い目的意識を持って、CEOの交代に取り組むための指針を提供したい。

CEOの交代が難航する時

 CEOの退任には、経験豊富なリーダーや取締役会であっても手こずるものだ。どの移行にも固有の人間、社内政治、環境の要素が絡み合っているが、共通点はその底流に感情があることだろう。移行は個人と組織の間の亀裂を露わにし、恥、困惑、恐れ、安堵、恨み、悲しみなどの強烈な感情をかき立てることがある。着任のプロセスと違って、退任という難所を切り抜けるためのプランはほとんど存在しない

 理想的な退任では、すべての関係者が率直さと信頼の好循環をつくり出す。組織の安定性が保たれ、取締役会長と去りゆくリーダーは過去を振り返って学び、組織は順調に前進する。残念ながら、そのような退任はごく稀だ。原因はさまざまだが、筆者らは以下のような問題のあるパターンを繰り返し見てきた。

明確な責任者の不在

 移行プロセスを自分の仕事として責任を持つ人がいないと、ただ流されるままになる。メッセージは一貫性を欠き、意思決定は遅くなり、足並みを揃える機会を逸してしまう。あるリクルーターはこう言った。「誰が運営や計画を担当しているのかと尋ねても、誰もいないという答えが返ってきます。それはガバナンスの空白状態になりかねません」

唐突またはタイミングの悪い決定

 チームの不意を突き、スケジュールを圧迫するような退任は、信用を傷つけ、計画的な引き継ぎをする余地を失わせる。メディアの詮索を助長し、士気を下げ、業務への集中を妨げる社内のノイズも生まれる。

取締役会の足並みの乱れ

 有能な取締役会であってもプレッシャーで潰れることがある。一人の支配的な声がプロセスをゆがめることがある。個人的に疑問があってもそれは語られず、コンセンサスはあるものとされて検証されない。あるエグゼクティブは、「取締役会は、一人の取締役に振り回されていました。足並みが揃っていないことや、一人の人物に支配されていることは、おのずとわかります」と語った。取締役会長が世間体にとらわれすぎることもある。「『会社にとって何が必要か』ではなく、『これは自分にとってどうか』と考えるようになるのです」と別のエグゼクティブは言った。

退任するCEOの振る舞い

 去りゆくリーダーは厳しい対話を避けがちで、ひどい場合は移行プロセスを妨害する。よくある失敗例は、公表が遅れたためにスケジュールが圧縮され憶測が助長される、リーダーが後継者の選定やメッセージ発信に対して非協力的な姿勢を取る、といったケースだ。また、影のリーダー、つまり前任CEOが居座って影響力を行使したり、全面的にサポートすることに消極的だったり、自分の感情の高ぶりを認めないで否定した状態になったりする場合もある。