資源を浪費せずにデジタルイノベーションを加速させる方法
Andriy Onufriyenko/Getty Images
サマリー:企業はデジタル投資を拡大しているが、不確実性の高まりから現状維持という「後退」に陥りがちだ。だが、歩みを止めればAI等の急速な変化に後れを取ることになる。限られた資源でいかに成果を出すべきか。本稿では、広範な調査に基づき、資源を浪費する3つの慣行を特定するとともに、浪費を防ぎつつイノベーションを加速させるための新たなプラクティスを紹介する。

イノベーションの資源を浪費してしまう3つの慣行

 企業や組織は、特にデータとAIを中心としたデジタル技術への投資をこれまで以上に増やしている。

 しかし、今日の環境はますます不安定で予測困難になっている。コスト圧力が高まる中、企業のデジタルイノベーションは「不確実性による一時停止」に陥っている。すなわち、現状維持に後退しているのだ。

 このタイミングでデジタルイノベーションの歩みを止めてしまえば、AIなどの技術がもたらす変化のペースに追いつけないだろう。停止するのではなく、デジタルイノベーションをさらに強化しなければならない。とはいえ、イノベーションのための資源が限られている中で、どうすればそれが可能になるのだろうか。

 筆者らは10年にわたり、デジタルイノベーションのイニシアティブを主導する人々を研究してきた。彼らのベストプラクティスをより深く理解するために、欧州の6社について詳細な調査を実施し、その結果について、エグゼクティブ教育コースの参加者数十人と議論をした。また、EYとの共同研究として、277社を対象とした定量調査を行った。

 これらの研究から、イノベーションの資源を浪費する3つの慣行と、リーダーが浪費を増やさずにイノベーションを加速できる新しいプラクティスを特定した。

1. イノベーションプロジェクトについて、ビジネスケースに基づく資金配分をやめる。

その代わりに実際にもたらすインパクトのエビデンスに基づいて段階的に資金を提供する。

 2025年5月に277社を対象に実施した調査では、デジタルイノベーションのプロジェクトを主導する人のうち平均63%が、着手前に完全なビジネスケースを提示して、資金全額を前払いで得るように求められていた。こうした資金調達のアプローチは、デジタルイノベーションの成功のカギを握る要素が、プロジェクト開始前の時点では確認できないという事実を無視している。こうしたプロジェクトは、時間をかけて進化するのだ。

 これらの不確実性を無視するプロジェクトリーダーは、資源を浪費するおそれがある。提案された解決策が技術的に実現不可能であったり、もはやユーザーの課題を解決しないものになっていたり、単純に拡張性がなかったりするケースは実際に頻発する。

 では、どうすればよいか。あるアプローチを紹介しよう。ノルウェーの郵便・物流事業グループのポステン・ブリングとスペインのエネルギー大手レプソルは、デジタルイノベーションに段階的に資金を提供する「ステージゲート方式」を導入している。

 この手法では、最初の段階で必要な最小限のリソースが簡単に獲得できる。そして、プロジェクトの進行に伴って追加のリソースを得るためには、いくつかの段階で成果を証明しなければならない。たとえば、技術的に実現可能か、イノベーションを実際に採用しそうな顧客を見つけたか、拡張性はあるか、といった要素だ。レプソルでは、各ゲートで投資プレゼン番組「シャークタンク」のように社内の意思決定者グループを説得し、次の段階に進むための資金を獲得する。

 このステージゲート方式によって、経営陣は大規模な投資の判断を、プロジェクトの成功の確度について十分なエビデンスが出てくる段階まで先送りできる。レプソルでは、一つのプロジェクトの総コストの70%が、スケールを拡張する段階で発生する。段階的な評価により、投資に値するプロジェクトをより多く拡張の段階まで進ませることができる。

2. イノベーションチームにさらなる独立性を与えることをやめる。

その代わりに、共有のリソースで成功を支援する。

 イノベーションチームは、迅速な意思決定ができるように自律性を求める。ただし、組織は自律性と独立性を混同しがちだ。そして、他の多くのプロジェクトに共通する課題に対処しようとしているチームを、孤立させてしまうことがある。

 このアプローチの問題点は、イノベーションのプロジェクトが多くの類似する課題に直面することだ。たとえば、ほとんどのデジタルイノベーションに必要な基本機能(例:規制データのコンプライアンスを遵守しつつ、IoT(モノのインターネット)接続デバイスをクラウドに登録する方法)や、デジタルイノベーションのベストプラクティス(例:運用・保守しやすいモバイルアプリを開発する方法)に関わる課題などである。

 これらの課題にそれぞれのプロジェクトが個別に対応していると、短期的には労力が重複してしまう無駄が生じ、長期的には組織内で協調していないプロジェクトが技術や組織を複雑にする。その結果、運用、保守、サイバーセキュリティに過剰なコストがかかることになる。

 成功するデジタルイノベーションは異なるアプローチを取る。複数のプロジェクトに共通する課題を特定し、それらに対処する共有リソースを段階的に整備していくのだ。

 レプソルでは、データとAI、ロボティクス、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインなどの分野で、人材と技術を共有するハブの構築に、会社として投資している。たとえば、同社のデジタルイノベーションの60%がデータ分析・AIハブを活用している。このハブは共通のAIモデルにアクセスできる中央データプラットフォームであり、データサイエンスの専門家がプロジェクトの具体的なニーズに合わせて最適なモデルの選択と調整を支援する。これにより、重複する作業で限られたリソースを無駄づかいすることを防ぐ。中央ハブは、レプソルが獲得に苦労している人材の採用・育成・定着にも役立っている。

 ただし、注意が必要だ。共有リソースの導入は、分散型のイニシアティブに対する企業権力の行使と受け取られるおそれがあり、抵抗を生むことになる。その対策として、筆者らが調査した企業のハブは、プロジェクトの成功を支援するという立場を重視している。

 たとえば、ミュンヘン再保険は、共有リソースを導入する際に、ハブの技術責任者を「イニシアティブCTO」として、主要なプロジェクトの共同創設者のような位置づけにしている。イニシアティブCTOにとって最も重要な目標は、成功するためにあらゆる手段を講じることだ。同時に、中央プラットフォームで対応できる共通のニーズを特定することも支援する。こうした姿勢は、「企業のこの基準に従え」というトップダウンとは根本的に異なる。

 自律的なイノベーションチームと共有のリソースを組み合わせることによって、「車輪の再発明」にリソースを浪費することなく、大きな成果を生み出すことができる。

3. 一部のイノベーションプロジェクトをやめる。

その代わりに、解放されたリソースを最も重要なプロジェクトに再配分する。

 限られたリソースをどのプロジェクトに配分するかを選ぶのは難しい。いったん配分したら、見直すことはさらに難しくなる。しかし、不確実で変動の激しい環境で、組織は新たな機会や脅威に迅速に対応する必要がある。したがって、戦略的な優先順位を柔軟に考えながら、それに応じてリソースを再配分しなければならない。

 ところが多くのケースで、プロジェクトのビジネスケースが承認を得ると、観察や評価がサイロ化され、(変化し続ける)戦略目標との整合性を追跡できなくなる。事業部門のリーダーが主要なリソースを囲い込み、組織の最新の戦略的優先事項に最も貢献できるプロジェクトがそれらを利用できなくなるのだ。その結果、企業にとって最も重要なことがらに貢献しないプロジェクトでリソースを無駄にすることになる。

 成功するデジタルイノベーションは、この課題に新しいやり方で対応する。戦略的優先順位を繰り返し見直して、主要なリソースをプロジェクトの間で再配分するという透明なプロセスを採用しているのだ。

 スペインの金融サービス大手BBVAでは、四半期ごとに経営幹部が全社の戦略的優先事項を見直している。それをもとに、2000件以上のイノベーションプロジェクトを予想されるインパクトによってランクづけし、人的リソースと資金を再配分する。このようにして最も貴重な資源である人材を、最も有望な機会に集中させるのだ。

 優先事項との整合性を失ったプロジェクトは停止され、四半期ごとに全体の約10%が打ち切られる。こうした動的な再配分により、解放されたリソースを新規のプロジェクトや共有リソースの構築に充てて、戦略的なインパクトが最も大きい取り組みのスケール拡大を支援できる。つまり、無駄を減らしてより多くのイノベーションを実現するのだ。

行動を起こすためのステップ

 従来の慣行から3つの新しいプラクティスへと移行するには、考え方を変えるだけでなく、変化に対する組織的・政治的な抵抗を克服しなければならない。デジタルイノベーションのアプローチを変えることが合理的であることを示すために、リーダーは次の行動から始めよう。

測定を始めてエビデンスを蓄積する

 自社のデジタルイノベーションのプロジェクトのうち、事前にビジネスケースを提示して資金を一括前払いされているものと、ステージゲート方式に従っているものはいくつあるか。共有のデジタルプラットフォームを活用しているプロジェクトの割合はどのくらいか。この1年に中止されたプロジェクトはいくつあるか。そして最も重要なのは、企業の戦略目標に対して明確で測定可能な貢献を果たしたプロジェクトはどのくらいあるか。

 これらの指標に照らして現状を可視化することが、変化が必要だと主張する根拠になる。

エビデンスを活用し、組織全体で無駄のないデジタルイノベーションに対する責任を明確にする

 無駄のないイノベーションは、組織全体の、一人ひとりの責任である。その中でも3つのリーダー層は特に重要な役割を担い、説明責任を負う。

・イノベーションプロジェクトのリーダーは、解決策を提示するだけでなく、測定可能な成果を実現する責任を負う。成功の見込みが低いというエビデンスが得られた場合は、軌道修正または中止の判断を進言する。

・共有リソースのハブのリーダーは、複数のプロジェクトが、よりスムーズに、より迅速に成功できるように支援する責任を負う。共有リソースの活用とプロジェクトの成果を結びつけるエビデンスは、優先すべき共有リソースと見直すべきリソースの特定に役立つ。

・企業および事業部門のリーダーは、担当するすべてのイノベーションのポートフォリオを、企業の戦略目標に対するインパクトに結びつける責任を負う。最もインパクトの高いプログラムにリソースを再配分することで、無駄を防ぎ、組織の優先事項との整合性を保つことができる。

新しいプラクティスの試行について戦略的目標を設定する

 BBVAは現在、デジタルか否かを問わず、全社のイノベーションに新しい3つのプラクティスを適用している。ただし、最初は法人向け銀行業務で試験運用を行った。レプソルはすべてのデジタルイノベーションに、ミュンヘン再保険は新しいビジネスモデルの構築を目指す80件のデジタルイノベーションに適用している。このように特定の事業部門内や、特定の種類のイノベーション(たとえばAIに依存するすべてのデジタルイノベーション)で、試験的に導入することもできるだろう。

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 新しい3つのプラクティスは、筆者らが調査した企業で効果を上げている。ただし、デジタルイノベーションから実質的な事業価値を創出している企業はほんの一握りだ。レプソルは5年間で、デジタルイノベーションのイニシアティブだけから8億ユーロ超のフリーキャッシュフローを生み出した。しかし、これはほとんどの企業にとって夢のような話だ。

 企業によって環境は異なる。デジタルイノベーションに関する既存の慣行から脱し、新しいプラクティスに置き換えようとする際は、資源の無駄を減らして、デジタルイノベーションからより大きなインパクトを得るという目標の達成につながっているか、繰り返し検証しなければならない。


"How to Drive Digital Innovation Without Wasting Resources," HBR.org, October 06, 2025.