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職場の分断が起こる真の要因を理解しているか
ダイバーシティとインクルージョンに関する新たなポリシーを最終決定するために、あるリーダーシップチームが集まっている場面を想像してほしい。緊張がいっきに高まる。一人の役員が、「実力主義は譲れない。採用は常に、人種を問わないものであるべきだ」と主張した。別の役員が反論する。「より大きな目標を達成するためには、公平性の観点から、純粋な実力主義を脇に置くことが時には必要だ」。3人目の役員が仲裁を試みるが、参加者の意見は二分された。
一見すると、よくある左派と右派の対立に思える。しかし、本当の問題は政治的なものではないかもしれない。道徳的絶対主義思考のリーダー(自分の価値観を普遍的で交渉の余地のない真実と考える)と、相対主義思考のリーダー(自分の価値観を文脈や文化に依存すると考える)の間には、さらに根深い分断がある。
1人目の役員は妥協を企業の価値観に対する裏切りと見なし、2人目はビジネスの要求と長年守ってきた価値観を両立させる賢明な選択と考えている。筆者らの研究によれば、道徳的絶対主義と相対主義の間にあるこの隠れた断層が、現代社会における分極化の真の要因になることが多い。リーダーがこれを認識して対処する方法を学ばなければ、的外れな問題を解決しようと労力を費やし続けるだけだ。
分断の隠れた要因
近年、組織はダイバーシティ、サステナビリティ、健康関連の義務的措置、出社再開、企業の政治的発言などをめぐる議論の戦場と化している。たとえば、ウォルト・ディズニーは州の教育方針(注:フロリダ州が学校教育でLGBTQに関する話題を取り上げるのを禁じたこと)に反対を公言して批判を浴び、アップルは新型コロナウイルスのパンデミック後に出社を再び義務化したところ、従業員が柔軟性とウェルビーイングを求めて抗議した。リーダーはこうした論争を、リベラル対保守、進歩主義対伝統主義といった政治的対立に分類できると考えがちだ。
しかし、筆者らの研究は、別の視点を示している。数千人を対象とした調査から、政策姿勢を予測するうえで、イデオロギーより道徳哲学のほうが強力な指標になることがわかったのだ。
調査では、道徳的絶対主義者は左派・右派を問わず、自分が不道徳と見なす行為の禁止を支持した。たとえば、保守派の絶対主義者は中絶禁止を支持し、リベラルな絶対主義者は死刑廃止を支持した。一方、相対主義者は、不道徳と見なす行為にも例外を認める傾向があった。たとえば、保守派の相対主義者は特定の状況における中絶容認を支持し、リベラルな相対主義者は極端なケースでの死刑容認を支持した。
重要なのは、絶対主義は過激主義と同じではないということだ。過激主義者は急進的な変革や硬直的な現状維持を要求するが、絶対主義者は、特定の道徳原則は例外なく一貫して適用されなければならないという、より深い信念を持っている。
これらの知見は、道徳的信念と神聖な価値観に関する先行研究とも一致する。自分の価値観をアイデンティティの核心と見なす人は、妥協を拒み、トレードオフをタブー視して、交渉を求められると怒りや嫌悪感を示すことが多いのだ。
道徳的絶対主義 対 道徳的相対主義
道徳的絶対主義者は、特定の道徳的原則は例外なく普遍的に適用されると信じており、「常に」「けっして」「譲れない」といった言葉で語る。彼らにとって妥協とは、慎重さではなく裏切りである。ビジネスにおいても、絶対主義者は信条を頑なに守る。たとえば、収益が見込めても日曜日はけっして店舗を営業しないとか、どんなにコストがかかっても環境を損なうサプライヤーとはいっさい取引しない、といった具合である。
対照的に、道徳的相対主義者は価値観を文脈や文化に依存するものと見なし、「トレードオフ」「適応」「バランス」といった言葉をよく用いる。彼らにとって妥協は弱さではなく知恵であり、複雑な状況や異なるグループ間で競合する価値観を認める手段である。たとえば、相対主義のエグゼクティブは、ある市場では厳格な炭素排出規制を実施しながら別の市場では段階的に導入したり、地域ごとに表現の自由とヘイトスピーチ規制のバランスを取ったコンテンツポリシーを調整したりする。







