従業員のスキルを革新的に向上させるXRの活用法
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サマリー:巨額のAI投資が期待外れに終わる原因は、時代遅れの「研修」にある。座学では身につかない実践的なスキルを、感情の活性化によって深く定着させるとして注目を集めているのが、XR(VR・AR・MR)を活用した没入型トレーニングだ。バンク・オブ・アメリカやウォルマートも導入して劇的な成果を挙げる、最先端の学習エコシステム構築法を解き明かす。

XRを活用したシナリオ訓練の登場

 企業がAIイニシアティブに投資する計画額は、2025年の1.5兆ドルから2026年には2兆ドルに達すると予測されている。しかし、ガートナーの調査によれば、こうした投資の大半は期待される収益をもたらさない。問題はテクノロジーそのものではなく、人々がそれを活用するための支援ができていない点にある。

 筆者がAI、ビッグデータ、タレントアナリティクス、リーダーシップ戦略のコンサルティングを通じて目にするのは、次のような光景だ。ある企業がワークフローの変革を期待してAIを活用したアナリティクスを導入する。だが半年後、従業員は依然としてデータをエクセルに書き出している。新システムを理解できていないからだ。

 こうしたパターンは、職場における学習の厳しい現実を反映している。「忘却曲線」に関する研究によれば、従業員は研修を行ってから1時間以内に新しい情報の約50%を忘れ、その日の終わりには約70%を忘れる。1週間後にはわずか10%程度しか記憶に残っていない。彼らにやる気がないわけではない。人間の脳は、受動的に聞くだけでは複雑な概念を吸収するようにはできていないのだ。

 真の問題は、現代のテクノロジーに対して時代遅れのトレーニング手法を用いていることだ。スライド資料でAIをマスターしようとするのは、教科書を使って外科手術を習得しようとするようなものだ。理論の理解には役立つかもしれないが、実際に仕事を「行う」力は身につかない。これは、筆者が「能力の蜃気楼」と呼ぶ状態を生み出す。研修を実施して修了証を発行したことで、組織は従業員のスキルが向上したと錯覚するが、彼らが現実の状況に直面すると、その蜃気楼は霧散するのだ。

 しかし、「XR」(クロスリアリティまたはエクステンデッドリアリティ)という形で新たなアプローチが登場している。これはVR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)の総称で、従業員がシステムと物理的に対話し、手でデータを動かし、みずからの意思決定の結果を即座に確認する体験を提供するテクノロジーだ。

 これらのテクノロジーを導入する際、それぞれの違いを理解することは極めて重要だ。VRは、ヘッドマウントディスプレイを用いて完全な没入型の仮想世界を構築するため、高い集中力が必要な緊迫したシナリオ訓練に適している。ARは、現実の環境にデジタル情報を重ね合わせるもので、たとえば技術者が修理をしている機器上に直接指示を表示させる際などに有効だ。MRは、その両方を組み合わせたもので、現実世界の特定の場所に配置された仮想オブジェクトを操作することができる。

 テクノロジーの選択は、アップスキリングのニーズに依存する。感情的な反応が重要なカスタマーサービスの訓練には、VRの完全な没入感が最も効果的だ。実際の機器を確認する必要がある技術スキルの習得には、ARによって情報を視界に重ね合わせる手法が理想的だ。チームがデジタルモデルと物理的なプロトタイプの両方を扱う共同の課題解決には、2つの世界を橋渡しするMRが適している。

 筆者は、ハーバード大学での活動や国連の「AIとバーチャルワールドに関するグローバルイニシアティブ」の共同議長を務める中で、VR、AR、MRが労働者の能力をいかに再構築するかを目の当たりにしてきた。フォーチュン500へのアドバイザリー業務や、著書Building a Thriving Future(未訳)の執筆を通して、実際の組織でこれらのツールを導入するチームと密接に関わってきた。本稿で取り上げる企業事例は、そうした活動とそれぞれの組織の公開情報に基づいている。XRが最大のインパクトを与え、真のパフォーマンス向上をもたらす領域と、リーダーがこれらのツールを活用する方法を詳述する。

感情の活性化

 2020年のパンデミックの初期に、支店の閉鎖に見舞われたバンク・オブ・アメリカは、採用を遅らせるか、研修の質を妥協するか、という困難な選択を迫られた。だが同行はその代わりに、新入社員にVRヘッドセットを配布し、自宅から実際の支店の仮想レプリカにアクセスできるようにした。新入社員は素晴らしい研修に参加できるようになって、日常的な取引から強盗への対応に至るまで、脳が「現実」と認識する環境で練習を重ねた。わずか数週間で2000人が自信度スコアで97%を記録し、従来の研修での最高スコアを上回った。この成功を受け、同行はプログラムを全社規模に拡大し、全従業員20万人がヘッドセットによる研修を受けられるようにした。

 なぜ他の方法ではできなかったものが、この方法では成功したのか。それは、人間の脳が仮想体験を現実の記憶として定着させるからだ。仮想世界で気難しい顧客に対応する際、ストレス反応は現実のそれと一致する。この感情の活性化が、抽象的な概念を体得した知識へと変えるのだ。記憶に残るのは「研修を受けたこと」ではなく、「仕事をしたこと」となる。