なぜ日本企業の人事はデータを使えないのか
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サマリー:人的資本経営への関心やAIの急速な普及により、人材戦略の重要性はかつてないほど高まっている。人事経済学の権威であり多くの日本企業の実態に詳しい早稲田大学の大湾秀雄教授は、人材戦略を経営戦略の中核に据えることが重要であり、それを実現する第一歩として人事データの客観的な分析と活用環境の整備が必要だと説く。本稿では、データ活用が人材戦略にもたらす具体的メリットと、日本企業でデータ活用がなかなか進まない根本的な原因について聞いた。

人的資本経営への関心やAIの急速な普及により、人材戦略の重要性はかつてないほど高まっている。人事経済学の権威であり多くの日本企業の実態に詳しい早稲田大学の大湾秀雄教授は、人材戦略を経営戦略の中核に据えることが重要であり、それを実現する第一歩として人事データの客観的な分析と活用環境の整備が必要だと説く。本稿では、データ活用が人材戦略にもたらす具体的メリットと、日本企業でデータ活用がなかなか進まない根本的な原因について聞いた。(聞き手/『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』副編集長 林恭子)

人事の役割は管理から経営戦略の中核へ

編集部(以下色文字):近年、人的資本経営への関心が高まっています。長年にわたり、企業人事と実証研究など行ってきた大湾教授から見て、人事部門が果たすべき役割はどのように変化していますか。

早稲田大学大湾秀雄教授
早稲田大学 政治経済学術院・大湾秀雄教授

大湾(以下略):人事部の重要性は、かつてないほど高まっていると思います。最大の要因は、AIの普及です。PCやインターネットが登場した時代を上回るスピードでAIが浸透し、あらゆるビジネス分野でトランスフォーメーションが急務となっています。

 これに伴い、企業は戦略の抜本的な見直しを迫られています。新たな戦略において「どのような人材が必要か」「その人材を内部で育成するか、外部から採用するか」という問いは、いまや企業の存続と成功を左右する最重要事項です。こうした認識が経営層に浸透したことで、人材戦略の立案と人材育成を担う人事部の役割は、従来よりも格段に重くなっています。

 その一方、現在、日本企業でも人事部長を「CHRO」(最高人事責任者)と称するケースが増えていますが、実態として彼らが真の「経営陣」であるケースはまだ多くありません。一般的に「経営陣」とは、社長に直接報告し、直接評価を受けるポジションを指します。しかし、日本企業のCHROの多くは、社長との間に専務や常務が介在する体制に留まっています。人事戦略の重要性を鑑みれば、今後はCHROをCFOと同格のポジションに据え、対等に議論できる体制へ格上げすべきでしょう。

 同時に、日本で立ち遅れている「人事プロフェッショナル」の育成も急務です。真のCHROを輩出するためには、人事領域に閉じることなく、ビジネス全体を俯瞰して制度設計ができる能力、そしてデータ解釈のリテラシーを兼ね備えた人材を育てていく必要があります。

人事には「PDCAサイクルがない」という大問題

 いまでこそHRテクノロジーが普及していますが、大湾教授は2000年代から人事データ活用の重要性を説いてこられました。なぜいち早く、この領域に注目されたのですか。

 私は人事経済学を専門としていますが、2000年代に「理論的なフレームワークはあるものの、実証分析が不足している」という声が学界で強まっていました。実証分析には企業内部の活きた人事データが不可欠です。2006年、15年近く過ごした米国から帰国後、実証分析の基盤となる人事データの学術利用を模索し、企業にもその活用を提案してきました。

 では、なぜ人事データの活用が企業にもメリットがあると感じたのか。それは、多くの企業がビジネス現場ではPDCAサイクルの徹底を説きながら、人事領域においてはまったくサイクルが回っていなかったからです。実施した人事施策にどのような効果があったのかを検証しないまま、次の施策へと進んでしまうケースが散見されました。データを活用して施策の効果を測定し、課題の発掘や問題の所在を客観的に特定しなければ、真の改善は望めません。

 かつては「従業員の声」を聞くことで問題を把握しようとする手法が主流でしたが、それだけでは声が大きい、あるいは距離が近い従業員の意見を聞くことになり、不十分です。経営陣を動かし、改革を実行に移すためには、どこに問題があるのかをデータで証明しなければなりません。主観的な認識を客観的な事実で検証し、経営の意思決定を支えるエビデンスとして提示するために、データの活用は不可欠でした。