「購買促進施策の束」としてのマーケティングの限界

 2010年代、消費財最大手のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)は精密なターゲティングや効果測定に期待を寄せ、デジタル広告を積極的に出稿していた。ところが2017年、同社はデジタル広告費の大幅削減を発表する。過度に狭いターゲティングや、実際には消費者に届いていない広告在庫への支出を問題視し、測定可能な広告効率や費用対効果をマーケティング成果そのものと見なす姿勢に、マーケティング担当の役員が警鐘を鳴らしたのだ[注1]

 この事例が示しているのは、デジタル広告という手段の限界に留まらない。より本質的な問題は、測定可能な短期的成果をマーケティングの中心に置く弊害だ。すなわち、顧客との関係性の中に蓄積される価値が見えにくくなるのだ。そこには、マーケティングを「いま売るための施策」の実行手段として捉えてきた企業経営の根深い前提がある。

 かつて企業の競争力は、目に見える資産に大きく依存していた。小売業は好立地によって顧客の来店を確保し、銀行は一等地の支店網によって存在感を示し、製造業は設備や工程管理能力によって品質と供給力を支えてきた。有形資産は可視的で、貸借対照表にも表れ、戦略的な投資判断に組み込みやすい。

 そのような環境では、マーケティングは経営判断の中核というよりも、すでに決まった商品、価格、チャネルに残された戦略上の過不足を埋め合わせる補助的機能として位置づけられがちだった。多くの企業でマーケティングは「目の前の購買を促進する施策の束」として管理されており、四半期ごとの広告効果やキャンペーンROI(投資利益率)で評価されてきた。

 より精密な測定を約束するデジタルマーケティングが2010年代、魅力的に映ったのは、マーケティングを短期施策として管理する既存の発想と相性がよかったからである。広告接触、クリック、購買転換を細かく追えるようになれば、施策ごとのROIを比較し、予算配分を正当化しやすくなる。

 しかし、その合理性には盲点がある。測定しやすい成果を追うほど、企業と顧客の関係性の中に時間をかけて蓄積される価値が、経営判断からこぼれ落ちてしまうのだ。

 こうした盲点が深刻になっているのは、企業価値を左右する源泉が、有形資産から無形資産へと移りつつあるからである。無形資産への投資が米国ではGDP比12%を超え、有形資産への投資を上回るに至っている。企業間の生産性格差は、無形資産への投資が大きい産業ほど拡大している傾向があり、この格差は有形資産や企業規模の違いだけでは説明しきれない[注2]

 競争優位や生産性の格差が広がる背後には、「蓄積の差」がある。本稿では、企業と顧客の関係性の中で蓄積される無形資産に着目する。顧客は、商品やサービスを使うたびに、その価値をより深く引き出す能力、習慣、信頼、意味づけを蓄積していく。このように蓄積され、その次の消費から価値を見出すコストを下げるものを「消費資本」(consumption capital)と呼ぶ。

 消費資本は、単なる好意や認知ではない。継続的な利用、購買頻度の上昇、習慣や信頼の形成、他の顧客への紹介を通じて、持続的な企業価値へと転換される。