30年間守り続けてきたミッションが出発点

編集部(以下色文字):AIをはじめとしたテクノロジーの普及で、多くのサービスが効率化され、人間同士のつながりが希薄化しつつあります。企業が独自のブランド価値を維持することも難しくなる中で、スターバックス コーヒー ジャパンが長年、高いブランド力を保ち続けてきた秘訣は、どこにあるとお考えですか。

森井(以下略):スターバックスが1996年に日本1号店を東京・銀座にオープンして、今年(2026年)30周年を迎えました。この間、私たちがブランドを守り抜けた最大の秘訣は、経営の核にある「ミッション」を体現することにこだわる姿勢を変えなかったことにあると考えています。インターネットやSNSの台頭、AIの登場などにより、環境は大きく変化してきた中で、それらに適応しながら本質的な価値を守り続けてきた点で、稀有なブランドといえるかもしれません。

 守り続けてきたブランドの「本質的な価値」とは、どのようなものでしょうか。

 私はマーケターとして長年歩んできましたが、ブランドとは何かを一言で表現するのは難しいですね。お客様がどのような価値を感じ、どういった意味を持つのか。お客様一人ひとりの体験の積み重ねが、ブランドになるからです。ただ、その大前提になるのが、やはり私たちのミッションだと考えています。
「『最高』のコーヒー体験を届けるかけがえのない存在となり、人々の心を豊かで活力あるものにするために──ひとりのお客様、この一杯、そしてひとつのコミュニティから」

 このミッションは、会議室の壁に飾るだけの形式的なものではなく、血流のように生きた言葉として組織に浸透しています。米国では創業から50年以上、日本では30年の間、時代に合わせて何度か言葉をアップデートしてきたものの、本質的な内容はそのままです。

 スターバックスのミッションは「なぜいま、私たちがここにいるのか」という問いに答える出発点です。これは、アルバイトと社員を含むすべての従業員である「パートナー」に問いかけるものであり、経営陣が立ち返るものです。

 その原点は、スターバックスを世界的企業に成長させた、実質的創業者であるハワード・シュルツの「私たちはコーヒーカンパニーではなくピープルカンパニーだ」という言葉にあります。私たちがここにいるのは、コーヒーを売るためでも、お腹を満たすためでもない。目の前のお客様の心を豊かで活力あるものにするためであり、特に日本ではそれをしっかりと守り続けてきました。

 2025年にも、ミッションをアップデートしており、社内でプロジェクトチームを立ち上げて翻訳・浸透活動を行いました。

 プロジェクトチームでは、どのような活動を行うのですか。

 外部環境の変化を受けてミッションを変えるたびに、かなりエネルギーをそそぎます。まずは店長やスターバックスでは「サポートセンター」と呼ぶ本社の社員の中から、希望や推薦で集まった、可能な限り多様なバックグラウンドを持つ10人ほどのメンバーで、プロジェクトチームを結成します。そして、半年ほどかけ、米国本社から届いた英語の新たなミッションを日本のパートナーがしっかりと血肉にできるように、一つひとつの言葉の意味について議論し、翻訳していきます。

 たとえば、新たなミッションの原文の冒頭には、"To be the premier purveyor of the finest coffee in the world"とあるのですが、直訳すると「世界最高品質のコーヒーを届ける至高の販売者」といった機能的な意味になってしまいます。ミッションは毎日の出発点ですから、人と人のつながりが最大の体験価値だという思いを込められるものにしたい。そこで意訳をして、「『最高』のコーヒー体験を届けるかけがえのない存在」という言葉を選びました。これを英語に翻訳し直して米国本社にも戻していますが、日本がこの30年で積み重ねた絶対的な信頼もあり、問題なく受け入れてもらっています。

 ちなみに、私はこのプロジェクトチームに入っていませんし、日本語訳を決める権限もありません。基本的に、上意下達の逆で運営されていますから、最後に報告を兼ねて熱くプレゼンされて、受け入れています。

 そして2025年10月に開かれた、店長を含む全社員約4000人が参加する全体会議で、日本語に翻訳した新たなミッションを発表しました。その際、なぜ「最高」という言葉を選んだのか、その真意を伝えるべく、一人のプロジェクトメンバーが自分の店舗でのエピソードを話してくれました。

 その店舗には、長年コーヒーを飲みに通い続けてくださった常連のお客様がいらっしゃいました。ある日、そのお客様は「入院することになったので、しばらく来られなくなります」と告げられ、店舗のみんなで「お待ちしています」と送り出しました。しかし、数年が経ってもお客様はお見えになりません。案じていたある日、その方のご家族が来店され、お客様が他界されたと伺いました。ご家族によれば、お客様は病床で最後までスターバックスのコーヒーを飲みたいとお話しされ、ご友人への贈り物にはスターバックスのコーヒーを選ぶように指示されていたそうです。

 こうしたエピソードは、私たちにとって、けっして珍しいものではありません。しかし、その場にいた誰もが涙しながら話を聞き、自分たちも誰かの毎日に欠かせない存在になろうとしっかり心に刻んでくれていました。

 こうして翻訳に込められた思いや話を聞いた店長たちが店舗に戻ると、今度はパートナー一人ひとりに対し、自分の言葉で新しいミッションに込められた思いについて語っていきます。そして、新たなミッションを受け、「どのような店を目指したいか」といったストアビジョンをつくり、それを合言葉にお店を運営してくれています。スターバックスでは、アルバイトも含めて入社をすると、必ずミッションの話から研修を始めますから、まさにミッションは生きたものとして存在しているのです。

 なぜ、これほどミッションの解釈や浸透に時間とエネルギーをかけるのですか。

 それはパートナーのエンゲージメントと自分事化を大切にしているからです。「パートナーが大切にしていること」と「会社が大切にしていること」が共鳴することを目指しています。時間をかけて、ミッションをパートナーと分かち合う姿勢が伝われば、会社への信頼が生まれます。「これが新しいミッションです」とただ伝える場合とは、まったく違います。このミッションが自分にとってどういうものか、自分の言葉で語れるようになって初めて、ミッションは生きてきます。

 一般的な飲食チェーンでは、商品をどのようにつくるかといった「how」を中心に研修が行われますが、私たちの中心となるのは「なぜここにいるのか」「どうなりたいか」といった対話です。それにより、自分のやりたいことが言語化されて思いが乗り、お客様の期待を超えようとより頑張って成長するというサイクルが回っていきます。

 私たちはそれを「エンゲージメントの階段」と呼んでいます。1段目は「自己存在の証明」で、ここにいる理由をしっかり認識する。2段目が「自分自身に対する期待感」で、ここにいる理由を仲間と共有し、それを成し遂げるように取り組む。3段目が「他者への影響」で、仲間のフィードバックを受け、なりたい姿に近づいてきたら、今度は他者に影響を与える人へと成長していきます。

 森井さんご自身も、実際にお店に立って、店舗のパートナーと同じ目線で接客されることはありますか。

 どのような職位であれ、入社をすると全社員が店舗で研修を受けています。私も2018年の入社後2週間と、2023年に職位がリテイル・マーケティング統括オフィサー(CRMO)に変わった時に行き来しながらの形ですが、3カ月ほどさまざまなお店に立ちました。いまも嫌がられながら、不意打ちでお店に立っています(笑)。

 私たちにとっては、お店がすべてです。お店に立つ時は、実際にパートナーが体験していること、お客様の反応を見ます。みんなが輝いて楽しく働いているのを見ると、それを続けられるようにすることが私のいる理由だと思いますし、それが自分自身のエンゲージメントにつながっています。

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PHOTOGRAPHER AIKO SUZUKI

パートナーがブランドの源泉

 現在、多くの企業が従業員エンゲージメントの向上に腐心する中で、スターバックスは例年、従業員満足度調査で高い結果が出ていると伺いました。エンゲージメントを向上させるカギは、どこにあるのでしょうか。

 2025年の調査では、従業員満足度が90%という結果になりました。そのため外部の方から「どのように従業員と信頼関係を築いているのか」「エンゲージメントをどう高めているのか」といった質問をよくいただきます。ただ、それほど複雑なものではありません。スターバックスのビジネスは、本当にシンプルです。きれい事に聞こえるかもしれませんが、その答えは、パートナーが目の前のお客様の一杯に思いを込め、価値やつながりをつくることにあります。

 ですから、スターバックス体験の真ん中には、必ずパートナーの存在があります(図表「スターバックス体験と信頼の循環」を参照)。先ほどお話ししたミッションをベースとしたうえで、主役になるのはパートナーです。

 居心地のよいお店やおいしい商品とともに、パートナーが一人ひとりのお客様とつながる。それを積み重ねることで地域との信頼関係につながっていきます。実際、それがきっかけで商品開発や出店につながるケースもあります。こうしたことを通して、パートナーも成長していきます。

 スターバックスは、接客マニュアルがないことでも知られています。実際、どのように自主性のある店長やパートナーを採用し、教育していますか。

 採用はすべて各店舗に任せています。ですから、店舗で働くパートナーは皆、店長が「この人と働きたい」「可能性を感じる」と思い採用した人です。

 入社後は、40時間近い研修プログラムを用意しています。これは一般的な飲食チェーンでは考えられない時間だと思います。商品のつくり方だけでなく、ミッションやコーヒーを倫理的に調達している理由などを、実務を行いながら何カ月もかけて学びます。また、店長が数カ月に一度、お店の二十数人のパートナーと一対一の面談も行います。よく大学生の方が「スターバックスでのアルバイトは就職活動に有利だ」と言ってくださるのは、こうした研修や対話を通して店舗に立つことで社会に出たような経験ができ、成長実感が得られるからだと思います。私も娘にアルバイトをさせたいほどです。

 また、仲間が仕事ぶりを見てくれて、よかったことや機会点をフィードバックする仕組みがあるのも大きいかもしれません。私自身も店舗に立っていると、パートナーからフィードバックをもらうことがあります。

 たとえばどのようなフィードバックを受けましたか。

 以前、店頭に立っていた時のことです。お客様が「あれがほしい」とおっしゃるのですが、「あれ」がわからず焦ってしまい、あまりていねいではない聞き直し方をしてしまいました。すると、学生のパートナーが入ってきて「お客様、この中のものでしょうか」と、嫌な気持ちにさせない対応をしてくれました。

 後で、そのパートナーから言葉の使い方に対するフィードバックや、「こういう時は、目で探していらっしゃる辺りをサポートすると、会話になりますよ」とアドバイスをもらいましたね。

 相手が森井さんだとご存じだったのですか。

 知っていましたが、学生ということもあり、そこまで職位を意識していませんし、その時のシフトのアルバイトリーダーでしたから、プライドを持って取り組んでくれていたのだと思います。他にも私が間違っていたら、指摘をくれました。

 一般的には、上位の役職者へ率直にフィードバックするのは難しいように思います。

 それができるのは、「文化」にしているからだと思います。今年からいきなりこの仕組みを入れると言っても、人の心は動きません。文化として、フィードバックする、称賛する、成長を実感してもらうことを大切にできているからこそでしょう。

 スターバックスには、パートナー同士で称賛や感謝を伝え合う「グリーンエプロンカード」という取り組みがあります。私もお店に行く時には、手書きのカードを用意することが多いですね。贈るとみんな喜んでくれますし、私ももらいます。もらったカードを自分の部屋に飾っているのですが、つらい時に見ると「このためにやっているんだ」と奮い立たせてくれます。称賛は、されるのも嬉しいですが、するのも嬉しいものですよ。

 スターバックスで働いていると、人間らしさを取り戻せる感覚があります。仲間ができ、お客様に喜んでもらえて、成長できる。それこそが、みんなが楽しく働き続けてくれている理由ではないでしょうか。

本社はパートナーをサポートするために存在する

 まさにパートナーの存在が、スターバックスのブランドの源泉だと感じます。パートナーがより活躍するために、経営や本社はどのような役割を果たしていますか。

 先ほどもお話ししたように、私たちは本社を「サポートセンター」と呼んでおり、パートナーをサポートするという考え方こそが重要なポイントだと考えています。私も入社した時にその考えを知り、目からうろこが落ちる思いでした。

 お客様に商品を届けるのはパートナーです。ですから、パートナーが商品を渡す時の体験や、お客様をどのような気持ちにしてくれたかを大事にして、商品開発やマーケティング戦略を考えています。「この商品は、このつくり方でどうだろうか」「どんな一言を添えて、パートナーがお客様に商品を渡してくれるか」をいつも想像していますね。

 サポートセンターとして、パートナーの成長をどのように支援していますか。

 たとえば、パートナーが情熱をかけられる仕組みとして、コーヒーの専門的な知識やスキルを深めるプログラム「ブラックエプロンチャレンジテスト」があります。日々お客様にコーヒーをお薦めする中で、必要な知識だけでなく生産地のこと、農家との取り組み、また気候変動など多岐にわたる幅広い知識を身につけてから挑む試験は本当に難しいものです。努力を重ね、このテストに合格したバリスタだけが手にできる黒いエプロン「ブラックエプロン」は、全バリスタの憧れです。現在は全パートナー約5万9000人のうち、9000人ほどで、合格率は10%程度です。ちなみに私は毎年、落ち続けています。

 ブラックエプロンのバリスタは、「アンバサダーカップ」に参加できます。これは、コーヒーの知識やプレゼンテーション能力などを競い合うもので、エリアカップを勝ち抜いたパートナーが2年に一度、全社員の前で大会を行います。うちわを持って応援したりして盛り上がります。優勝したコーヒーアンバサダーには、社内の教育プログラムやメディアに出るなどの活動をしてもらっており、2025年には世界中のバリスタが情熱と技術を競い合うグローバルバリスタチャンピオンシップで、日本代表のアンバサダーが優勝しました。

 パートナーの情熱や才能を活かす仕組みが確立されているのですね。

 実はその他にもスキルを持つ人が輝ける仕組みがあります。店内のチョークボードに描かれた、イラストや文字をご覧になったことがあるかと思います。日本独自の取り組みとして、GAHAKUと呼ばれる特別なパートナーを選抜し、こうしたイラストなどの見本を制作してもらっています。5万9000人のパートナーはタレントの宝庫なのです。

「ロマンスと効率」を両立させる

 2021年には、47都道府県で各地限定フレーバーの「47 JIMOTO フラペチーノ」を発売し、大きな話題になりました。当時、森井さんは商品開発の責任者をお務めでしたが、このようなあえて効率を度外視したプロジェクトを実行されたのはなぜでしょうか。

「47 JIMOTO フラペチーノ」の時は、社内からの反対はすさまじく、文句も言われました。ただ、最後には楽しんでみんなで突っ走りました。

 スターバックスは、「ロマンス」にこだわっています。ロマンスとは、心が動くもののことです。この2026年の春は30周年を記念して、歴代の名作フラペチーノを5つ用意し、各店舗で1種類ずつ展開しましたが、この取り組みも普通の会社であれば、まずやらないでしょう。サプライチェーンや需要予測、材料調達など、すべての工程が複雑を極めるためです。

 ですが、私たちはやります。こうした取り組みが、店舗のパートナーの思いを引き出すからです。どうすればパートナーが思いを込めてお客様に届けられるかを常に考え、企画を立てる。それこそが、私たちのピープルマーケティングに他なりません。

 一方で、利益につなげるのは難しい部分もありませんか。

 だからこそ、ロマンスだけではなく、効率が重要です。そのバランスを取るのは簡単ではありませんが、施策によってパートナーとお客様の関係が深まれば、その積み重ねが、この30年の歴史やこれからを物語るものになると考えています。テレビやインターネット、インフルエンサーマーケティングなど、一般的なマーケティング手法ではないところで積み重ねた信頼関係によるリターンの価値は、計り知れません。

 効率性を考え、いかにビジネスとして成り立たせるか。ロマンスを実現するために、効率を高めるのがサポートセンターの仕事です。実はフラペチーノをつくる工程も、商品開発部門がおいしさや見た目を重視しながら、効率的な方法を試行錯誤しています。そうすることで店舗では、お客様に楽しんでもらうことにエネルギーをそそげて、ロマンスに集中できるのです。

 デジタルやAIはどう活用していきますか。

 デジタルは「ロマンスに集中するための効率化」と「お客様との接点を増やす」という2つの役割を担わせて力を入れています。

 その象徴がモバイルオーダーです。ただ商品をオーダーするだけではなく、推し活やクエストといったゲーム感覚のものにして、ロマンスを楽しむものにしています。2025年8月からは買い物で貯まるスター(ポイント)を贈れる仕組みをつくり、すでに約1300万スターがやり取りされています。あくまでもデジタル体験は「店舗での体験を広げる」「人の温もりを感じる」ことを念頭に置いています。

 そしてAIには、パートナーにしかできないこと、ロマンスに集中してもらうための味方として期待しています。ロボットにAIを搭載させて接客するようなことは考えていません。私たちのオペレーションは複雑ですから、テクノロジーでいかに効率化できるかを考えるのが、これからのサポートセンターの役割です。AIなどのテクノロジーを、POS(販売時点情報管理)や在庫管理、シフト管理、情報検索などお客様に見えない部分で活用していきたいと考えています。

 そして、エンゲージメントにつながるミッションの自分事化や店長とパートナーの面談、研修などの時間をしっかり確保していきます。これらは大きな投資ですが、やめるつもりはありません。人とのつながりをより重視していくことがこの先も必要ですし、それこそがスターバックスがスターバックスたる理由だと思います。

「変わらないこと」がブランドの信頼を育む

 米国をはじめとしたグローバル市場では、ブランドが政治の影響を受ける時代になり、業績悪化にもつながっています。一方で、スターバックス コーヒー ジャパンが好調な業績を維持し続けている秘訣はどこにあるのでしょうか。

 やはり30年間、「変えていない」ことだと思います。DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)や、サステナビリティに関する取り組みも、一貫して続けてきました。スターバックスは責任ある企業で、地域とともに存在しています。環境問題は当然に取り組むべき課題であり、やらないという選択肢はありません。

 時代に応じて、伝え方は変えているところもありますが、教育やエンゲージメントの方法などの本質的な部分は変えていません。それこそが最も重要だと思います。

 ブランドは人と同じで、一貫性があるかどうかが信頼に関わります。何かがあった時、その人を信じるかどうかは、価値観や日々の行動の蓄積によりますよね。それはブランドもまったく同じです。特に日本ではそうしたものに信頼を感じます。ですから、米国がある取り組みをやめると言ったとしても、やめる理由がなければ、私たちは続けるべきです。

 また、外資系小売業が根づくことが難しい日本市場で、スターバックスが30年間続けてこられたのは、ミッションなどグローバルの理念を守りながら、ローカルに沿った形で行動している点にあります。つまり、理念やコーヒー豆の調達、お客様に感じてほしい体験はグローバルで一元化されていますが、具体的な商品やサービスは規定されているわけではありません。ストローの素材もその一例です。日本では2025年3月に紙製からバイオマスプラスチック製に変更しましたが、環境に関する規制や法律は国ごとに異なります。そのため、各国の基準に合わせた最適な素材が選択されています。

 現在、日本では約2100店舗展開しており、店舗デザインも2100通りありますが、米国本社に承認は基本的に取っていません。ですが、基本的な理念から外れていませんし、クオリティも担保しています。ティーに特化した店舗やベーカリーを展開するリザーブという店舗も日本にしかありませんが、事後報告して、「いいね」と言ってもらっています。

2100通りの方法で地域社会とつながる

 米国本社が細かく規定せず、理念を共有することでローカライズが成功しているとのことですが、日本の各店舗の運営においても、現場に裁量が委ねられているのでしょうか。

 現在、各店舗のパートナーが地域の方と信頼関係を築くことで、年間で約6000件のコミュニティ活動が行われています。店長から積極的に活動することもあれば、行政の方からイベントや学校での授業のお誘い、企業や団体からのお声がけもあります。

 ただ、私や本社であるサポートセンターは正直なところ、その一部しか把握できていません。店長は、上長である地区マネージャーと相談することもありますが、基本的に判断は店舗に任せているため、私自身も後から知ることばかりです。周りの方に「こんな活動をされているのですね」と言われて、知っているふりをすることもあります(笑)。

 2026年1月には、宮崎県都城市で以前から環境や地域への貢献について、同じ志をお持ちだった霧島酒造とつながり交流を重ねる中で、それをきっかけに同社の広大な敷地内に出店することになりました。オープンの1年ほど前から2社共同で地域の皆さんとの活動を進めてくれていることも後から知り、パートナーの情熱が地域とつながり、サポートセンターが仕掛けることがなくとも、こうしたことが実現するのが私たち独自の一番の強みだと思っています。

 勝手に話が進んでいると不安になったり、事前に承認を取ってほしいと思ったりしませんか。

 それはまったくありません。言わなくてもやってくれるなんて、それほど嬉しいものはないですね。安心安全やモラルには注意したうえで、純粋な気持ちで取り組んでくれていますから、まったく心配していません。トラブルが起きたこともほとんどありません。

 2026年8月からは、地域とのつながりを拡張させる取り組み「スターバックスJiMotoプログラム」を開始する予定です。実はチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)時代に青森を訪ねた際、「りんご隊」として活動していたパートナーたちに囲まれ「毎年販売しているアップルパイのりんごが、なぜ青森県産ではないのですか」と熱心に説得されたことがありました。そこで実際に青森県産のりんごで全国販売してみると、非常に好評で、これはただのコミュニティ活動ではなく、ビジネススキームにすらなりうると実感しました。青森のりんご隊は、私にとって地域活動の原点といえる存在です。

 本プログラムでは、人の成長が地域の成長、そしてスターバックスの成長につながるという循環を実現したいと考えています。地域にあるさまざまなアイデアの芽を活かすことこそ、究極のロマンスです。2100店舗あってもチェーンではない。一つひとつの店舗が地域とのつながりで成り立っている。そうしたことが、いまの時代に求められているように思います。


(C)2026 Diamond, Inc.

PHOTOGRAPHER  AIKO SUZUKI

 

森井 久恵(もりい・ひさえ)
約20年間グローバル企業にてマーケティングに従事し、うちユニリーバでは日本・中国・タイ市場のマーケティングを15年にわたり歴任。2018年8月にチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)としてスターバックス コーヒー ジャパンに入社。2023年10月よりリテイル・マーケティング統括オフィサー(CRMO)として、マーケティングや商品、デジタルに加えて店舗運営・営業企画を統括。2025年4月より現職を務める。