部下はなぜ自分から積極的に動いてくれないのか
iStock.com/smartboy10
サマリー:マネジメントの中核は「統制」(コントロール)であり、計画等の「あるべき姿」から外れないようにすることである。そのために、なるべく不安定な要素を切り離し、安定的に成果を出し続けられる仕組みを目指す。そのような枠組みの中で、どうやって部下にやる気を出してもらえばよいのか。寓話『北風と太陽』のたとえを使いつつ、悩めるマネジャーとメンターの対話に筆者の解説を加えた、リーダーシップ論を学ぶ連載、第1回。

マネジメントを徹底しても、部下がなかなか動かない

自発的に動いてくれる部下が、ほとんどいないんです。みんな、こちらから指示したことしかやってくれないんですよ」

 メンターとの面談で、管理職として何か困りごとはあるかと尋ねられ、私は真っ先にそう答えた。我が社はクロスメンター制度を取っており、通常業務にあまり関係しない部門の上長がメンターとなって定期的に相談に乗ってくれる。私のメンターは、最近転職してきた管理部の部長だ。

「原因は何だと思う?」と彼女は柔らかく尋ねてきた。

 私のチームは大人しい部下ばかりで、誰も自分から積極的に動こうとしない。やるべきことは山積みなのに。結局、課長の私だけが夜遅くまで残業して、こぼれ落ちる業務を一人で拾っている。管理職になってからというもの、そんな生活が何年も続いていた。

「やはり、部下一人ひとりの資質の問題でしょうか。そうでなければ、私のマネジメントの問題か。ですが、私は各々の目標も業務分担もしっかり面談したうえで決めています。惜しみなくサポートもしていますし、一人ひとりに自発的に動いてもらえるよう、きちんとマネジメントしているつもりです」。一息ついて、ちょっと愚痴をこぼした。

「それなのに、マネジメントすればするほど、部下たちは与えられた業務以上のものをやらなくなっている気がするんです。皮肉なものですね」

 自嘲気味に笑う私に、彼女は優しい眼差しで返してきた。

「なかなか大変な状況ね。ただ、一つ大きな誤解があるみたい。そもそもマネジメントと自発性は、あまり関係ないのよね」

 驚く私に、メンターはマネジメントの中核となるものについて語り始めた。

解説:マネジメントの中核的概念「統制」とは、あるべき姿から外れないようにすること

 管理者(マネジャー)の仕事は、人材育成、評価、調整、日々の意思決定、リスク管理と実に多岐に渡ります。それらの業務を貫いて働く、大きな機能の一つがマネジメントです。

 端的にいえば、マネジメントとは、目の前にある仕組みを回し続けることであり、その中核にあるのが「統制」(コントロール)という概念です。統制とは、平たく言えば、物事が「あるべき姿」から外れないよう、管理していくことです。

 たとえば、マネジメントでは、まず短期的な目標(年度予算など)を設定し、それを成し遂げるための計画を練り上げます。この計画こそが、マネジメントがチームに示す「あるべき姿」の最も身近な例です。物事が計画通り、つまり、あるべき姿に沿っていれば、無事に定めた短期的な目標を達成できるはずだからです。

 しかし残念ながら、現実には多くの場合、計画から外れ、乖離(ギャップ)が生じます。「人生も仕事も計画通り」なんて人が、どれだけいるでしょうか。なかなかいませんよね。

 その乖離をいち早く把握し、問題を解決して現実をあるべき姿へと引き戻していく。この「逸脱を修正し、あるべき姿の枠内に戻す」ことこそが、統制の本質です

マネジメントの中核的概念、統制(コントロール)
拡大する
マネジメントの中核的概念、統制(コントロール)

 さらに一歩、踏み込んでみましょう。

 マネジャーが「何としても無事に目標を達成したい」と願うなら、「逸脱したら直す」という修正の行動を取るよりも、そもそも逸脱が起きないよう予防しようと努めるのではないでしょうか。

 リーダーシップとマネジメントの違いをひも解く世界的権威のジョン・コッター教授は、マネジメントの性質について、次のように鋭く指摘しています。

「統制がまさしくマネジメントの中核であるという理由からすれば、強く動機づけられた行動や触発された行動は、マネジメントとはほぼ無関係なものである」[注1]

 ここで言う「強く動機付けられた行動や触発された行動」とは、「とてもやる気がある」「エネルギーに溢れている」といった状況です。いわば、人が自分の内側から湧き上がる力で動いている状態のことです。

 そして、それを「自発性」と呼ぶのであれば、マネジメントはそんな不安定なものには頼れない、と言うのです。

 たとえば、飛行機のネジの締まり具合が整備士の気合によって変わる、ラーメン店の味が大将のその日の気分で変わる、といったように、やる気がある時だけ業務が回るようでは、困りますよね。モチベーションが高い時にしか回らない仕組みでは、収拾がつきません。逸脱ばかりになってしまう。

 つまり、統制というものを突き詰めていくと、やる気やエネルギーといった不確定要素を切り離し、それらとは別の次元で物事が進む仕組みをつくるべきだ、ということになります。自発性のような不安定なものを織り込むわけにはいかないのです。

 もちろん、マネジャーにとって、メンバーのモチベーションをケアし、自発性を引き出すことはこのうえなく大切です。ただ、目の前の仕組みを回すというマネジメントの機能においては、それを当てにはできない。感情などの変数を、なるべく外そうとする力が働くのです。

 要するに、マネジメントという機能と自発性は、あまり関係がないのです。

 では、自発性はどこで生み出せばよいのか。そこには、マネジメントとは別の手立てが必要になります。それが何なのかは、この連載で少しずつ解き明かしていきましょう。

* * *

 戸惑う私に、メンターは「こんな事例がある」と、よくある悩みを挙げてくれた。

・ある住宅機器メーカーの管理職が、部下の自発性を引き出そうとして、企画書を書く際、「自由に書いてよし」という方針を掲げた。各々が好きなスタイルで書くようになったのはよいとして、必要な要件を満たしていない企画書が増え、マネジャーはその修正に追われる羽目になった。

 私も身に覚えがあった。メンバーがやる気を出せるようにと自由度を上げると、何かしら問題が発生してブーメランのように返ってくる。結局、最後に帳尻を合わせるのは、いつも自分だ。沈む私にメンターは続けた。

「気持ちはわかる。でも、最終的にマネジャーが自分の手で直しているのなら、それはもともと統制が必要な業務だった、ということじゃない? その手の業務で自由度を上げたら逸脱するし、統制がきかなくなるのは目に見えている」

「では、部下の自由度については諦めたほうがいいのでしょうか。つまり、統制のためには自発性を犠牲にしても仕方がない、と」。私はおずおずと聞いた。

「一つ、勘違いがあるみたいね。自由度を増やすのと、自発性を引き出すことは、別物よ」

「別物?」

「自由度は、業務のどこまでを任せて、どこから枠に収めるかという、統制の設計の話。自発性は、人の内側から湧き上がるエネルギーの話。自由度を上げたからといって、ただちに自発性が上がるとは限らない。校則を緩めただけで、全校生徒のエネルギーが満タンになるわけではないでしょう?」

 たしかにそうだ。それなら、自発性はどうすれば引き出せるのか。

「統制とは別に、マネジメントの枠の外で生み出していく。『北風と太陽』みたいに、人がみずから動き出すメカニズムがあるの。あの有名なイソップ寓話、覚えてない?」

 急な話の展開にうろたえながら、何とか記憶をたどる。たしか、北風と太陽が旅人のコートを脱がそうと競う話だった。北風は強風で無理やり脱がそうとしてうまくいかず、太陽は旅人をぽかぽかと温めることで、みずからコートを脱ぐように仕向けていた。

「そう。マネジャーは太陽になれるのよ。そして、北風にも。ただその前に、考えてほしいことがあるの。そもそも、マネジメントはなぜ必要なんだと思う?

【注】
1) John P. Kotter, "What Leaders Really Do," HBR, May-June 1990.(邦訳「[新訳]リーダーシップとマネジメントの違い」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年9月号)