火をつけて煽る

 アルバイトで入ってくるのは一見して草食系の普通の若者だ。なぜ彼らは燃えるのか。社長の高橋淳さんをはじめとする経営陣が、草食系世代の心に火をつけているからである。

 独自の戦略ストーリーが明確に描かれ、従業員に共有されている。会社がどこに向かっていくのか、自分たちが何のために何をしようとしているのか、一人一人が現場にあってもリアルなイメージをもって仕事ができる。戦略ストーリーの共有が人々の心に火をつける。

 火をつけるだけでは終わらない。経営陣が煽りまくる。高橋社長は社員を燃えさせるためには手数を惜しまない。もちろん魔法の杖はない。しかし、これでもか、というほどありとあらゆる手段を総動員して、従業員の心の中にある火を煽る。

 これが店舗の顧客接点での競争優位をつくっている。一見して差別化が難しい外食業界にあって、顧客の期待を超えるサービス水準がワンダイニングの差別化の源泉になっている(もちろん高質なサービスはワンダイニングの戦略の構成要素の一つにすぎない。その背後には秀逸な戦略ストーリーがあるのだが、それはまた別の機会に……)。

 前回、「日本の土壌」という話をした。仕事の意義を理解すればやる気になる。期待されればそれに応えようとする。これは人間の本性だ。この本性が濃いということ、これが日本の重要な土壌の一つであることは間違いない。

 日本では地面をいくら掘っても石油は出ない。それと同じように、現場で働く従業員の心に火をつけようとしても、カネを払うしか手がない、ましてや自発的な改善や進化など現場に期待する方がそもそも間違っているという国や地域も少なくない。現場の「燃え」は日本の誇る天然資源といってもよい。日本の会社は今も昔も火をつければよく燃える土壌に恵まれている。

 前回も話したように、その豊かな土壌を耕して、種を植えて、手間暇をかけて花を咲かせるのは経営の責任だ。最近の若者は……とお嘆きの貴兄は、嘆く前にまず自分が仕事に燃えているか、部下の心に火をつけているかを自問したほうがいい。自分が燃えてなければ、部下が燃えないのも当たり前だ。逆に言えば、自分が燃えていれば、自然と部下に飛び火する。部下の心に火をつけるのは上司の仕事である。このことを忘れてはならない。

 ワンダイニングの高橋社長は言う。「草食系世代は豊かな時代に育っただけあって、実に素直。ホスピタリティの精神も強い。仕事の目的と意義がわかればいくらでも前向きになる。」 肉食系よりも草食系のほうが、草だけに火さえつけばよく燃えるのかもしれない。

ご意見、ご要望は著者のツイッターアカウント、@kenkusunokiまでお寄せください。