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「競争優位」から「学習優位」へシフトする
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のマイケル・ポーター教授は、企業が競争優位を築くためには、競合他社よりも低コストの製品・サービスを提供することや、他にはない差別化を図るといった戦略の立案が重要だと説きました。
もちろん、この競争優位の考え方は重要であり、理解できます。しかし、企業が優位性を築くうえで必要なのは、競争だけではありません。特に今日においては、みずからを超えて進化し続ける組織をどのように構築するかが重要になっています。そこで、競争優位の概念を発展させ、私が着想したのが「学習優位」(ファミリアリティ・アドバンテージ)という考え方です。
先が読みにくい現代においては、小さな一歩を踏み出すこと自体が確実な前進になります。自分が気後れするような未知の領域にもあえて踏み込み、経験を重ねることが学習優位につながるのです。ですから、一度得た知識や成功に安住せず、常に新たな領域に挑むラーニング(学習)とアンラーニング(脱学習)のサイクルがとても重要になります。
今回はAI時代を迎えたいま、どのように学習優位を築いていくべきか、さまざまな視点からお話ししていきます。
パーパスからエシックス、プリンシプルの重視へ
2021年に出版した拙著『パーパス経営』では、外から与えられる「ミッション」「ビジョン」「バリュー」ではなく、自分の内側にしっかりと志を刻み込む「パーパス」が重要だと主張しました。それからパーパス経営を取り入れる企業が増えましたが、実際はパーパスが絵に描いた餅、つまり実践に結びつかない「額縁パーパス」になっているケースが散見されます。
パーパスは、ありたい姿を示す“きれい事”です。変革的な未来を目指すパーパスを掲げると、目線が高くなる一方で、現実に直面している現場からすれば、理想論だと思うことでしょう。たとえば、お客様を大事にするのか自社の利益を重視するのか、あるいは社員を大事にするのか株主を大事にするのかは、トレードオフになりがちです。パーパスである未来のありたい姿と現実は、そう簡単に結びつかないわけです。そこで最近は、パーパスから一歩踏み込み、行動する時の判断の軸となる「エシックス」が重要だとお話ししています。
エシックスはコンプライアンスとどう違うのか、と疑問を持たれるかもしれません。コンプライアンスは法やルールに従うものである一方、エシックスはリスクを取りつつも前向きに正しい行動を取ることです。また、挑戦や失敗から学ぶことを通じて行うのがエシックス経営であり、学習優位の考え方にも通じるものです。そしてこれは、「プリンシプル」(原理原則)という言葉に置き換えることもできます。
よい企業では、プリンシプルがしっかりと浸透し、実行されています。米国企業では、ウォルト・ディズニーの「The Five Keys」(5つの鍵)、ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条」(クレドー)、パタゴニアの「従来のやり方にとらわれない」(Not Bound by Convention)などが有名です。日本企業では、京セラの「京セラフィロソフィ」、武田薬品工業の「タケダイズム」、花王の「正道を歩む」などがよく知られています。
2025年の拙著『シン日本流経営』では、世論調査会社アンホルト-イプソスが毎年行っている国家ブランド指数を取り上げています。最新の2023年版では、日本が1位になりました。その理由としては、2つの要素がありました。
一つは「信頼」、もう一つが「他のどの場所とも異なる」という点です。かつて、他の場所にはない価値について、「ガラパゴス現象」と揶揄する風潮がありましたが、本来、ガラパゴスはエクアドルの宝です。我々が最も大事にすべきなのは、こうした他にはない日本的な美学や伝統を、今日のイシューにしていくことではないでしょうか。
日本が持っている宝として、「安心」と「安全」はセットで語られることが多いですが、両者の本質的な次元は異なります。安全は生命に関わるものであるのに対し、安心は一点の曇りもない信頼です。
日本人は、品質に対するこだわりが強すぎるといわれることもあります。しかし、これこそが、他国には真似できない価値です。この質に対するこだわりを、私は「QOX」(Quality of X)と呼んでいます。Xには、さまざまな言葉を当てはめることができます。たとえば、クオリティ・オブ・エクスペリエンス(経験の質)、クオリティ・オブ・モビリティ(移動の質)、クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)などです。こうしたQOXの追求こそ、日本が大切にしていくべき価値といえるでしょう。
目に見えない「組織資産」の重要性
近年、無形資産の重要性がより強く説かれるようになりました。ビジネスモデルを変えること自体は、それほど難しくありません。サブスクリプションやサーキュラーモデルは、すでにコモディティ化しています。しかし、事業の基盤となるアセットモデルはそう簡単に変えることができません。現在のビジネスは、いまある資産で守られているからです。だからこそ、今後、資産構造をどう変えていくかが極めて重要になります。
そもそも企業の資産には、「物的資産」「金融資産」「組織資産」「顧客資産」「人財資産」があり、前者2つがバランスシートに計上される見える資産で、後者3つが目に見えない資産(無形資産)です。最近よく「人的資本」と呼ばれますが、人は単なる資本ではなく、本来は大事な価値を生む重要な資産の一つです。また、顧客がいなければ収益は得られませんから、「顧客資産」も重要です。ただ、見えない資産の中で、最も大事だと私が考えているのが「組織資産」です。一人ひとりの学習はもちろんのこと、組織が学習することが非常に大切なのです。
稲盛和夫さんが提唱した有名な成功方程式は、3要素の掛け算で成り立っています。すなわち、(個としての)人財=考え方×熱意×能力です。「考え方」とは、私がパーパスと呼ぶものに非常に近い概念で、何をしたいという志を指します。「熱意」は、単なる思いに留まらず、実践に移すためのエネルギーやパッションです。3項目目を稲盛さんは「未来進行形の能力」と呼びます。考え方と熱意が正しければ、人財の能力は2倍、5倍、10倍になるからです。スキルは熱意の従属関数というのが、稲盛さんの重要な経営哲学です。
私はこの考え方を応用し、組織資産を次の3要素の掛け算だと考えています。
まず、土台になるのがΣ(人財)です。一人ひとりの能力や志が磨かれ、ワンチームになることが求められます。人財はそれ自体が重要な資産ですが、α(ソフト)とβ(ハード)が掛け合わさることで、より高次元の組織資産になります。
企業独自の価値を生み出す根源となるのが、αであるソフト要件です。パーパスや組織文化がこれに該当します。しかし、ソフト面だけでは、組織を駆動させられません。歯車をかみ合わせて組織を駆動させるには、仕組みやアルゴリズムといったハード要件が不可欠です。株価純資産倍率(PBR)や企業価値が高い会社、たとえばリクルート、キーエンス、ファーストリテイリングは、ソフトとハードのどちらも備えられているからこそ持続的に価値を生み出せるのです。
現在、社員への投資を増やしたり、パーパスを掲げたりする会社が増えていながらも空回りしているのは、ソフトだけで頑張ろうとしているからです。パーパスを社員に浸透させたうえで、具体的な行動につながるような仕組みがあれば、組織資産は拡大していくのです。
現場が「市場創造力」と「事業開発力」を磨く
さて、経営は4つのブロックで成り立っています。ピラミッド型の一番下にあるのがオペレーション力(現場力)、一番上にあるのが「経営変革力」です。最も重要なのは、ピラミッドの中間に存在する、成長のエンジンである2つの力、マーケットを創り上げる「市場創造力」、そこから利益を回収する「事業開発力」です。この両輪が嚙み合って回っていなければ、企業として十分に価値を発揮することはできません。現場力の高い日本企業においては、現場自身が市場創造力と事業開発力を自発的に生み出していくのが理想といえます。
学習と脱学習のサイクルを高速で回すことによって現場の「たくみ」(匠)の技を磨き、それを組織の「しくみ」(仕組み)へと汲み上げつつ、さらに新たな技を組み込むことで組織を進化させていきます。事業開発力と市場創造力という2つの成長エンジンをたえずクロスさせ続けることから、私はこれを「X経営モデル」と呼んでいます。
AIによって現場のSECIモデルは回りやすくなる
2025年に出版した拙著『カイシャがなくなる日』では、組織は今後、2つのベクトルで進化すると解説しています。一つ目のベクトルは「スケール・スコープの経済」です。事業規模や範囲の拡大を目指すと、企業はベンチャー型から中央集権型へと移行します。これでは大企業病を誘発し、結果として企業の寿命を縮めることになります。
もう一つのベクトルは「スキルとスピードの経済」です。これらを極めることで、企業はベンチャー型から自律分散型組織(DAO:Decentralized Autonomous Organization)へと進化していきます。
たとえば、アメーバ経営を取り入れてきた京セラでは、10人前後の小集団で仕事をするため、誰もが参画できる利点がありました。一方で、大きな事業へと発展しにくく、成長が鈍化するという課題も抱えていました。そこで、同社の谷本秀夫前社長がアメーバ経営を見直して生み出したのが、自律的でありながらも互いが孤立せずにつながっている「創発型組織」(DACO:Decentralized, Autonomous but Connected Organization)です。この組織形態では、アメーバの枠組みを超えたプロジェクトであっても、意欲や能力のある社員が兼業という形で柔軟に取り組めます。
完全な自律分散型企業では、もはや従来の固定的な組織は必要ありません。しかし、理念や思いを共有化するような集団がなければ、人材は流出し、残された人も息が苦しく感じるでしょう。
そもそも、イノベーションが本社から生まれることはありません。既存の前提を捨てるアンラーニングは、想定外の事態が起こる「揺らぎのある現場」でこそ起こります。それをつなぐのが本社の役割です。だからこそ現場には、ダイバーシティを確保するという意味で「よそ者、若者、ばか者」といった多様な人材が必要であり、それを束ねる異質なインクルージョンがなければ、次なる組織学習は起こらないでしょう。
一橋大学の野中郁次郎名誉教授が『知識創造企業』で提唱したSECIモデルは、組織の暗黙知を形式知へと転換し、組織の集合知へと高めていくプロセスを説いたものです。しかし、これを実務で継続的に回すのは容易ではないという課題がありました。実際、日本でイノベーションが生まれても大きくスケールしにくいのは、現場のクリエイティビティをルーチン化・型化して新しい市場を創出するサイクルが十分に回っていないためです。
しかし、この課題はAIの活用することによって、いっきに解決へと向かうでしょう。AIにより現場の暗黙知を形式知化(表出化)し、形式知を型化していく。現場の暗黙知を言語化して形式知(表出化)とし、それを型に落とし込んで全体で共有することこそ、AIが最も得意とする領域だからです。
技術を極めた「現場の匠」そのものを人工的につくり出すのは容易ではありません。しかし、SECIモデルにおける「共同化(Socialization)」、すなわち人々が体験や思いを共有し、新たな気づきを得るプロセスは、組織学習の重要な第一歩となります。
AIはいまや、知識の言語化や共有を推進する強力なツールとなっています。SECIモデルにAIを知識協働の主体として組み込んだ「HAC(Human-AI Collaborative)-SECIモデル」が現場に実装されることで、組織学習は一気に加速していくでしょう。
名和高司教授の講演動画「チーム、上司・部下で考える『学習優位の組織構築』」






