先日、同僚の1人からこう質問された。「あなたは“イノベーション”という言葉を、正確にはどういう意味で使っているのか」。この質問についてやり取りをしていくと、大企業の内部で実際にイノベーションを妨げているものが何なのかについて、実りある対話となった。ここで紹介しよう。
私がイノベーションという言葉を使うとき、そこには以下の3つの要素が重なり合っていると思う。
・価値を創造するために何か違うことをする機会を示唆する、洞察あるいはインスピレーション
・そうした洞察やインスピレーションに基づく、製品やサービスを提供するためのコンセプトあるいは計画
・そうした計画を、健全な事業へと転換すること。簡単に言うと、商品化
これらの要素それぞれはもちろん相当複雑だが、イノベーションの基本的な部分の多くをカバーしているだろう。
私が接する経営幹部たちは、自社のイノベーションにおける課題の大半は、はじめの2つにあると考えている。その理由は、3番目は実行そのもののように見えるからではないかと思う。もちろん大企業は実行については熟知している。だが、現場を見ている私の感覚からすると、最初の2つではなく3番目こそが、実際にイノベーションを妨げているものである。
多くの企業は、常に気がついているわけではないが、数多くの洞察を消化しきれずにいる。ほぼ常に、魅力的なアイデアやうまく練られた計画が社内にあふれている。そしてもちろん、以前に何度も書いているとおり、計画はほぼ必ず、本当に実行可能な事業として立ち上がるまでに何度か変更されるものである。
大変なのは実行する段階であり、書類上は素晴らしく思えるアイデアを利益に変えるために必要なステップを踏んでいくことなのだ。
私はこれを「ファーストワンマイル」問題と呼んでいる。これは通信業界で1990年代に起こった、よく知られた問題から名を借りている。当時、ネットワークのコア技術は急速に進歩していた。だが、それに利点を感じない顧客が大半であった。そうした新しい基幹ネットワークと末端の顧客とを結ぶ「ラストワンマイル」と呼ばれるケーブル線の部分は、古い時代に配線されたものであった。その部分を新たなものに交換するには、1軒1軒、作業員たちが配線工事をしなおす必要があった。言うまでもなく、それには莫大な投資が必要とされた。研究者はそれを「ラストワンマイル」問題と名付けた。
では、私の言う「ファーストワンマイル」問題とは何か。最初の1ドル、1ユーロ、1ルピーの売上を、新規事業から得ることである。5000万ドルの事業を行っている企業であれば、それを縮小するのは、瞬きもせずに実行できるだろう。良い製品をさらに改良するにしても、課題に立ち向かうことができる。だが、何かを新たに始めたときには、最初のワンマイルを通過するのは、恐ろしく困難なことなのだ。
これは、智恵を集め、インスピレーションを求め、魅力的な事業計画を作成することの重要性をないがしろにするものではない。そうした分野で手堅く仕事をしていくことは、イノベーションにとって決定的に重要である。だがイノベーションの果実を得ようとする企業は、成長へのファーストワンマイルをどのように切り開くか、より多くの時間を費やして取り組む必要がある。
私の見立ては、あなたの考えと合致するだろうか。イノベーションには洞察、魅力的な事業計画、そして商品化が必要という前提を置くとして、どれが欠けたらもっとも影響が大きいとあなたは考えるだろうか。