マイケル・ポーターが提唱した「共通価値の創造」はさまざまな分野に影響を与えている。本稿では、ブランド論の大家が、この概念を別の方法で実現させる「レバレッジ・ソーシャル・プログラム」を提唱する。

 

 マイケル・ポーターとマーク・クラマーは、ハーバード・ビジネス・レビューに発表した論文で、共通価値(Shared Value)の創造について述べている(2006年12月、2011年1‐2月。邦訳はそれぞれ、2008年1月号と2011年6月号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載)。共通価値の創造とは、コミュニティの社会・経済状況を改善しながら、同時に企業の競争力も高めるような戦略や政策を開発することである。

 別の方法で、同様の目的を持ちながらもっと容易に実施・説明できるのが、レバレッジド・ソーシャル・プログラムだ。企業の資産や能力を活用(レバレッジ)して、ブランドや顧客との関係に直接的な効果をもたらすプログラムである。

 共通価値は、社会のニーズを満たすような製品・サービスを提供することで実現できる。たとえば、GEの「エコマジネーション」(環境と経済を両立させ、持続可能な社会を実現するためのプログラム)や、ウォルマートなどのサステナビリティ・プログラムなどがこれにあたる。ネスレが事業を展開する地域で、農村部の開発や水の保護に取り組むのもその一例である。

 共通価値が示唆するのは、社会的な価値が染み込んだ利益は、社会を改善しながら企業を成長させられるということだ。企業のミッションや目的を新たな方法で形づくるのである。利益はすべて同じというわけではない。社会を改善する利益のほうが優れており、社会を損なう利益のほうが劣っている。共通価値の概念とその標榜は、マネジメントを進化させると私は見ている。企業の目的が広がり、ビジネスの相対的な見方が変わり、社会的善の創造におけるビジネスの役割が変わる可能性があるからだ。

 しかし、共通価値には現実的な実施の点で問題があるようにも思う。まず、高度に抽象的なレベルでは機能するだろうが、共通価値がどれだけの意思決定に影響するのかは明確ではない。仮にサステナビリティ・プログラムでコストが削減され、地域のコミュニティ・プログラムで生産性が向上するなら、共通価値でそれらを正当化する必要はないだろう。また、社会的に利益のある製品ラインが顧客の支持を得るのであれば、共通価値を論拠としなくても、GEのように正当化できるだろう。

 また、社会的な問題は複雑だ。仮に、ある企業が農村部に20の工場を持っていたとしたら、水質、教育、安全など多数の問題があり、そのどれもが異なっているだろう。どの問題が、そしてどの工場が優先されるのだろうか。ザ・ボディショップは第三世界の問題に対処したとき、この教訓を得たはずだ。さらに、共通価値の概念は、ブランドへの社内的・社外的インパクトについて考慮しないし、共通価値の考え方によって促進された決定のインパクトについても考慮しない。

 レバレッジド・ソーシャル・プログラムはこれと対照的で、別の選択肢となりうるであろう。対応する範囲は狭くなるが、社会問題と戦略面での選択に影響を及ぼす以下のような力がある。

・実効的でインパクトがある。
・企業の資産と能力を活用(レバレッジ)する。
・企業の事業と価値観にフィットする。
・ブランドの社内的・社外的な強化にも寄与する。

 レバレッジド・ソーシャル・プログラムは、単に「よいこと」をすればいいというプログラムではなく、企業の資産や能力を活用するものである。また、事業と同様に行われ、目的を持ちイノベーションを起こし、プログラムがより効果的かつ効率的になるように実効的な取り組みがなされる。社外的なブランドと顧客との関係を強化し、また社内的なブランドも強化して、短期的な利益よりも大きな企業の目的や価値観を従業員にはっきりと示す。

 エイボンの乳がん撲滅運動と乳がんウォークがこれを体現している。このブログラムには20年ほどの歴史があり、同社の販売員や顧客基盤が活用されている。同プログラムは真に実効的であり、乳がん研究のために6億5000万ドルを集め、多くの人がスクリーニング検査を実施するきっかけとなった。こうした効果が顧客とのつながりに影響している――すなわち、エイボンとつながりを持つ理由ができるわけだ。さらに、同プログラムは強力な社会的要素とエネルギーを提供することで、ブランドを強化する。参加者も支持者もフォロワーも、みなが一緒に目に見える形で乳がんと戦うという社会的関係を持つからだ。加えて、エイボンにかかわる人々に崇高な目的も提供する。

 確立され、ブランド化された社外プログラムは、そのままレバレッジド・ソーシャル・プログラムにすることもできる。たとえば、家のない人に住宅を提供する「ハビタット・フォー・ヒューマニティ」を支援しているホーム・デポの例を見てみよう。ホーム・デポの従業員は実際に家の建築に携わり、崇高な目的とホーム・デポの価値観につながることとなる。同社は資材と専門知識を提供する。まさに同社にぴったりフィットする。「ハビタット・フォー・ヒューマニティ」はホーム・デポから想起されることの1つとなり、同社の価値観を伝えるのに役立ち、それが顧客とのつながりを強めることにもなる。

 レバレッジド・ソーシャル・プログラムの概念は、共通価値の概念と対立するものではない。しかし、企業が崇高な目的を持ち、大きな社会問題を改善する方法に関して、別の観点を提供するものである。また、ブランドが社内的・社外的に果たす役割を高め、文化と価値観、より広範なミッションを表すのである。


Creating Shared Value vs. Leveraged Social Programs,” HBR.org, June 30, 2011.