今年も一年が終わろうとしています。読者の皆様をはじめ弊誌を支えて下さった多くの方々にあらためてお礼を申し上げます。
今年最後のブログは、今年読んだマネジメント書の中で特に印象深かった3冊を紹介させて下さい。
『良い戦略、悪い戦略』は、戦略論の大家、リチャード・ルメルトによる一冊です。ご存じの方も多いと思いますが、ルメルトは、自社の保有するリソースが競争優位の源泉だと主張する「リソース・ベースト・ビュー」(RBV)学派の第一人者です。RBVは、市場でのポジショニングこそ競争優位だと主張する、ポーターのポジショニング戦略とは、真っ向から対立する概念だと見られることもあります。ところが本書を読むと、両者が補完的な概念であることがよくわかります。
さらに言えば、本書の最大の魅力は、戦略についての骨太の洞察です。経営学の大家が分かりやすく戦略の誤解を解き明かしていきますが、その真髄は実にシンプルです。ポジショニングだリソースだという前に、戦略とは企業の意思であり、行動すべきものであることがよく理解できました。
豊富な事例とともに、戦略についての概念がすとんと腑に落ちます。目新しい理論が紹介されているわけではないのに、そのシンプルな論理展開が実に新鮮です。
2冊目は、『リバース・イノベーション』です。従来の製品開発は、先進国市場向けに開発され、その後、新興国でも事業展開されるものというのが一般的でした。ところがここ数年のBRICsの躍進に伴う世界経済の拡大により、新興国向け製品の開発が注目を浴びています。そして制約条件のある中での開発が、先進国市場でも商品化につながる。このような従来とは逆の流れで進む製品開発が「リバース・イノベーション」です。
本書は、この概念を提唱し、GEで実践してきたビジャイ・ゴビンダラジャン氏本人による著書です。マネジメントの世界でGEが編み出した手法は数知れませんが、グローバル企業の構想の大きさには常に驚かされます。世界市場における新興国の位置づけを明確に定義し、戦略的にこれら新興国で事業展開する様は、日本企業のグローバル化よりはるか先を歩んでいると思わざるを得ません。今後拡大する世界経済の中で、企業はどのようにグローバル化を図るか。この問題意識に本書の概念は、多くの示唆を提供してくれます。
最後に取り上げるのは、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』です。著者は、ニューヨーク州立大学のビジネススクールで教鞭をとられる日本人学者、入山章栄氏です。アメリカの経営学の最前線で語られていることと、日本で大きく議論されている経営理論には大きなかい離がある。これが著者の問題意識ですが、この挑戦的なテーマが実に説得力をもって語られています。たとえば、イノベーション論では、クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」のにみならず、日本ではあまり聞くことにない「両効きの経営」という概念も紹介することで、イノベーションの担い手を組織と個人の両面から検証しようとしています。また昨今よく使われる「ソーシャル」という概念についても、語る視点から3つの概念があることなども紹介されています。しかもとても読みやすい文章で書かれています。
経営は科学かアートか。これは常に議論されてきましたし、いまだ答えが出ていないと思われます。素晴らしい経営者や企業の事例が、実務家に有益だったとしても、それが誰もが再現できるものなのか。逆に事業内容や外部条件も異なる企業のデータを集めて、統計的に処理した結果が、どの企業にとって有意義か。これらの問題提起に対し、本書は、「科学としての経営学」というアプローチにぶれがなく、真摯に向き合おうとしています。私自身、本書で経営学の面白さを再認識しました。科学としてはまだ緒についたばかりの経営学ですが、これからの発展が非常に楽しみな学問であることが、本書を通してよく伝わってきます。弊誌の読者すべてにおすすめしたい一冊です。(編集長・岩佐文夫)