イノベーションの取り組みでは、アイデア出しから事業化に至るまでの各局面に応じて、少なくとも3つのタイプのリーダーシップが必要になるとマグレイスは述べる。そのなかで、見過ごされがちな必須能力として政治的手腕を挙げている。その重要性は新規アイデアの創出と完全に同等であるという。
私の仕事の大きな役得は、さまざまな企業の業務慣行を観察できることだ。それらの企業ではたいてい、課題の一部に成長とイノベーションが盛り込まれている。その場合に私が必ず強調するのは、イノベーションをコンセプトから実際の事業開始までもっていくには、少なくとも3つのタイプのリーダーが必要であるということだ。
第1にして最優先で必要となるのは、次のことを実践できるリーダーである。
・企業が開拓すべき領域を明確にする
・イノベーションが支援を得られるように組織づくりを行う
・日常業務に適した慣行と、不確実な環境下で有効な慣行を区別する
ここでカギとなるのは、「着実に、かつ迅速に」という姿勢、および従業員に新しいことを試すためのモメンタム(勢い)を与えることだ。これらの慣行を取り入れたリーダーとして、プロクター・アンド・ギャンブル元会長兼CEOのA・G・ラフリーが挙げられる。現実的なイノベーションを喚起するために彼が行ったのは、アイデアの50%以上を社内のデスクではなく社外のリアルな市場で見出すよう従業員に義務づけたこと、そして「顧客はボスである」と徹底させたことである。
第2に、事業を実際に展開する段階では、少々型破りなリーダーが必要となる。それは、現状と目標の間に立ちはだかる障害を克服するには一点集中する必要があるからだ。このようなリーダーは官僚主義的なやり方を許容せず、障害を確実に払いのけて必要なものを手に入れる。それが社内の多くの人たちを逆なでし、振り回してしまうこともある。
第3のリーダーは、イノベーションのプロセスにおける陰の英雄と呼べる人たちだ。このタイプの多くはミドル・マネジャーである。彼らは経営陣のビジョンや方向性と事業内容を一致させるべく、革新的な考え方を持って精力的に取り組む。この仕事の大部分は政治であり、うまく対処できなければイノベーションの成功は期待できない。このことは広く理解されているように見えるが、しかしミドル・マネジャーの政治的手腕に関する測定や訓練、報奨制度を取り入れている企業はあまりに少ない。多くの場合、経営陣の最大の関心はイノベーションの推進ではなく、現状維持によって財務状況と個人的な評判を良くすることである。
それを考えれば、インテルのワイヤレス製品部門のシニアプロダクトマネジャー、ゲイリー・マーツの取り組みを報じたビジネスウィーク誌の記事は明るいニュースといえるだろう(英文記事はこちら)。ワイヤレス・ディスプレー(WiDi)は、マーツが卓越した手腕を発揮しながら推進した技術である。開発の過程で、この技術が満足度の高いユーザー体験を提供できるかどうかを疑問視する人たちが社内にいた。彼は反対意見に折れて開発を取り下げる代わりに、建設的な政治活動に精を出すことにした。まず、製品のプロトタイプを世界各地のPCメーカーやベストバイに売り込んだ。すると、音声や画像の出力先をPCからテレビへと瞬時に切り替えることが可能なこの技術には、顧客に対する十分な訴求力があることが判明した。集まった好反応を利用して、マーツは社内の反対意見を抑え込むことに成功した。インテルの幹部はWiDiがパーソナル・コンピューティングにおける「次なる必需品」になると発言している。
これは、私が「無意識な支援者」(allies unaware)と呼ぶ人々を政治に活用した好例といえる。彼らはあなたの成功によって恩恵を受ける立場にあるが、そのことに気づいていない人たちだ。あなたはアイデアの推進者として、こうした支援者たちを動員し、あなたに代わって反対勢力を抑え込んでもらう必要がある。
経営者には、次のことを考えてみてほしい。あなたの会社には、これら3つのタイプのリーダーがそろっているだろうか。イノベーションにおいて、政治が新規アイデアと同じように重要であることをあなたは理解しているだろうか。イノベーションを途絶えさせずに進めるために必須となるミドル・マネジャーたちを、きちんとサポートしているだろうか。
原文:Innovation Is Equal Parts Politics and New Ideas June 24, 2010