マーケティングの基軸は顧客創造です。しかしマーケティングの実践では、この顧客との関係の追求が、競争のなかで行われることを忘れてはなりません。競争を通じても、企業や地域の強みは弱みに転じ、弱みは強みに転じていきます。今回はマーケティングの実践において生じるに思考の罠の第3弾として、この競争を通じた反転が導くマーケティング思考の罠について検討します。
競争下での顧客創造--脱コモディティ化という課題
「コモディティ化」とは、類似の製品やサービスが数多く存在するなかで、企業が価格に訴える競争から抜け出せず、利益水準の低下を余儀なくされる現象を指します。皆さんの会社の製品やサービスも、デフレが続く国内市場で、販売価の低下に苦しんではいないでしょうか。
さて、その原因として、企業が差別化された製品やサービスを提供していないことが、しばしば挙げられます。企業が提供する製品の形態や機能、あるいはサービスの内容に何らかの独自性がなければ--つまり他の製品やサービスとの差別化がなされていなければ--、買い手が注目する違いは価格の高低だけになってしまいます。そして当然の帰結として、価格を軸とした選択にさらされ続ければ、製品やサービスの利益水準は低下していきます。
とはいえ、今の日本の国内市場は、企業にとってはさらに厳しい環境であるようです。少なからぬ数の優良マーケティング企業--他社が容易には模倣できない独自の製品技術、生産設備、あるいはノウハウを持つはずの企業--が、価格に訴える競争を抜け出すことができず、利益水準が低迷しているのです。
ニーズの追い越し
差別化はできているのに、相変わらずコモディティ化の問題から抜け出せない。この深刻な事態を「コモディティ化の再来」と呼ぶことにしましょう。では、なぜコモディティ化の再来が起こるのでしょうか。第1の理由は、「ニーズの追い越し」です。ニーズの追い越しについては、前回紹介した『イノベーションのジレンマ』のなかで、クレイトン・M・クリステンセンが、次のような説明を行っています。
多くの健全な企業は、製品やサービスの差別性を高めようとして、スペックや品質の改善に取り組みます。しかしその結果、製品やサービスの客観的なスペックや品質の水準が高まったとしても、その水準が顧客の求めているスペックや品質を上回ってしまうと、コモディティ化の圧力をかわすことは困難になります。このような状況下では、仮に製品やサービスがスペックや品質において差別化できていたとしても、その違いに買い手がこだわらないため、価格を基軸にした選択が行われてしまうのです。
使用シーンの取り違え
ニーズの追い越しは、差別化を行っているはずの企業が、なぜコモディティ化の再来に直面するかを明快に説明してくれます。とはいえ、私たちが収集した事例を検討してみると、ニーズの追い越しだけがコモディティ化の再来の要因ではないようです。コモディティ化の再来の第2の要因は、「使用シーンの取り違え」です。
ニーズの追い越しは、企業がスペックや品質という「既存の便益」を向上させることで、差別化の実現をはかろうとすることから生じます。したがって、ニーズの追い越しを避けるには、「新たな便益」の提供という課題に、企業が、独自の製品技術、生産設備、あるいはノウハウを活かしながら取り組むことが必要です。だがさらに企業は、この便益を活かす使用シーンをどのように設定するかを取り違えないようにしなければなりません。独自の技術や設備やノウハウに支えられた新たな便益が、買い手に「他の製品やサービスでは代えがたいもの」と認識されなければ、この新たな便益もまたコモディティ化の再来を逃れることができないのです。