製造業の復権が叫ばれて久しいが、そのカギは何か。とかく機能面の向上やコスト低減に議論は向かいがちだが、製造業の原点である「よい製品を生み出す」という視点を忘れていないだろうか。
先日、iPhone用のイヤホンを買いに家電量販店に行き、愕然となる光景に出合いました。売り場は小さいものの、そこには無数のイヤホンが並んでいたからです。通勤時間に音楽を聞きたいという理由だけが購入目的だったのですが、その製品数の多さに圧倒され、選ぶ労力を考えると脱力感に見舞われました。
日本の製造業がかつての優位性を失い、いま再生のシナリオづくりに追われています。戦後から1980年代まで続いたMade in Japanの強さは、高い技術力と品質の確かさに裏付けられた製品の魅力でした。しかし、技術の優位性は短期間しか続かない時代になり、かつ技術による差別化がかつてほど魅力的でなくなってきました。一方で、製品のコモディティ化が進んだことで、品質の優劣も少なくなってきました。もはや労働コストが低い国ではなくなった日本にとって、新たな優位性を見いださなければいけません。
自社本で恐縮ですが、新刊『よい製品とは何か』は、まるでいまの日本の製造業に向けて書かれた本のようでした。

著者はスタンフォード大学で伝説的な授業と言われる「ものづくり」講義を担当するジェイムズ・アダムズ教授です。スタンフォード大学と言えば、シリコンバレーの中心的存在で、グーグルやアップルなど世界的IT企業とも密接な関係があります。そこで教えられている「ものづくり」とは、意外にも技術や機能が中心ではありません。本書からにじみ出てくるのは、著者のモノ(=製品)への愛情です。「よい製品とは何か」という、このプリミティブな問いは考えれば考えるほど答えが見つけにくくなるかもしれません。著者のアダムズ教授は、かつてはエンジニアですが、根っからのモノ好きの人のようで、本当に人々が欲しい製品とは何かを全編とおして、読者に訴えかけてきます。
もちろん売れなければ「よい製品」と言っても多くの支持を得られません。しかし、「売れるもの」という発想が原点の製品が果たしてどれほど魅力的だろうかと著者は問いかけます。その上で著者が提示する製品づくりに欠かせない視点とは次の7つで、①コストパフォーマンス、②人との親和性、③クラフツマンシップ、④感情への訴えかけ、⑤エレガンスと洗練、⑥象徴性と文化的価値、⑦地球への影響です。
本書を読んで、作り手がいいと自信をもって作った製品が売り場に並ぶ社会になったらいいと痛感します。先のイヤホンも、メーカーが本気で消費者に推奨する製品が見たいのです。
とかく日本の製造業の未来というと、「技術力と品質の高さをさらに高めて」とお題目のように掲げられます。技術と品質は確かに日本企業の強みであり、これからも変わりないでしょう。しかし、この2つにさらにもう一つ足さないと、消費者から愛される製品は生み出せないのではないでしょうか。その「もう一つ」を考えるのに、本書は非常に多くの示唆を与えてくれます。ものづくりに関わるすべての人に読んでもらいたい1冊です。(編集長・岩佐文夫)