リサーチ・デザインの罠を抜け出す鍵
さて、以上のエクササイズで、「味覚は、視覚の影響を受ける」という関係が見逃されやすいのは、なぜでしょうか? それはこのアンケートでは、味とパッケージデザインを独立した項目として扱うフォーマットが採用されているからです。このようなリサーチ上のフォーマットから生じる思考の罠を、リサーチ・デザインの罠と呼ぶことにしましょう。
では、このリサーチ・デザインの罠を避けるには、何が必要なのでしょうか。それは理論です。「味覚は、視覚の影響を受ける」という関係に精通しているかどうかで、アンケートの解釈が大きく変わることは、すでに述べた通りです。そして具体的には、理論とは、この「味覚は、視覚の影響を受ける」という知識のことなのです。
理論の要件
理論とは、抽象的に定義すれば、明確かつ広く再現性がある因果関係をとらえた命題のことです。たとえばマーケティングには「4P」という概念があります。この概念は、企業のマーケティング活動を、「製品」「価格」「流通」「プロモーション」と分析的に把握するのに有用であり、世界中のマーケティングの教科書に広く取り上げられています。しかし、それだけなのであれば、4Pを優れた理論と呼ぶのはためらわれます。なぜなら、そこに何らかの因果関係がとらえられているわけではないからです。
しかし、もう一歩踏み込めば、4Pをベースに理論構築を試みることも可能です。たとえば、「この4つの活動に戦略的に取り組むことで、事業の成長性や収益性などの成果が高まる」と主張するのであれば、それはより理論的だといえます。「4Pの戦略性→事業成果」という、因果関係が考えられているからです。
しかしそれだけでは、まだ不十分です。単に因果関係を主張するだけでは、「それは説であって、理論ではない」と言われてしまいそうです。優れた理論にはもう一つの要件があります。それは、主張する因果関係の再現性が、広く確認されていることです。つまり、「4Pの戦略性→事業成果」の主張であれば、4Pに戦略的に取り組んでいる事業の成長性や収益性は高いという因果関係が、多くの企業、さらには異なる国や産業で繰り返し目撃され、検証される必要があるのです。この因果関係が日本企業において広く確認できることについては、『日本企業のマーケティング力』(山下祐子他著、有斐閣)を参照して下さい。
理論の用い方
マーケティングの実践においても、理論は重要です。理論に通じていれば、データを表面的に眺めているだけでは見逃しやすい関係をつかむことができます。理論とは、明確に定式化された因果関係を広く検証し、その再現性が広く確認されてきた命題です。アカデミックな世界で研究者たちが、調査や実験を通じて何度も検証してきた理論。あるいはマーケティングの教科書に採択され、世界中のビジネススクールの教室でその切れ味を繰り返し試されてきた理論。こうした理論を企業や地域のリーダーたちが学ぶことは、きわめて有用です。
たしかに理論は、マーケティングにおける万能のツールではありません。理論は優れたものであるほど、広く知られています。そして理論は、優れたものであるほど、普遍的な再現性をもちます。つまり、理論は競合他社も知っている可能性が高く、自らだけの独自のパフォーマンスではなく、競争相手のパンフォーマンスをも保証するものなのです。連載の第7回で論じたような、競争のなかで企業や地域の独自性が求められている状況では、理論だけに頼っていても問題は解決しません。
とはいえ、この限界をわきまえて用いるのであれば、理論は、リサーチ・デザインの罠を乗り越え、マーケティング・データの解釈を高度化するための優れたツールです。理論とは、学者の専有物ではなく、ビジネスの実践にも極めて有用なツールなのです。