新しいマーケット・スペース

 シルク・ドゥ・ソレイユが成功したのはなぜか。輝かしい未来を手に入れるためには、競争から抜け出さなくてはいけない、と悟ったからである。競合他社に打ち勝つただ1つの方法は、相手を負かそうという試みをやめることなのだ。

 シルクの偉業について、その本質を理解するためには、「赤い海」と「青い海」からなる市場を思い描くとよい。レッド・オーシャンは今日の産業すべてを表す。つまり、既知の市場空間である。かたやブルー・オーシャンとは、いまはまだ生まれていない市場、未知の市場空間すべてをさす。

 レッド・オーシャンでは各産業の境界はすでに引かれていて、誰もがそれを受け入れている。競争のルールも広く知られており(1)、各社ともライバルをしのいで、限られたパイのうちできるだけ多くを奪い取ろうとする。競争相手が増えるにつれて、利益や成長の見通しは厳しくなっていく。製品のコモディティ化が進み、競争が激しさを極めるため、レッド・オーシャンは赤い血潮に染まっていく。

 対照的に、ブルー・オーシャンは市場として未開拓であるため、企業は新たに需要を掘り起こそうとする。利益の伸びにもおおいに期待が持てる。ブルー・オーシャンの中には、これまでの産業の枠組みを超えて、その外に新しく創造されるものもあるが、大多数はレッド・オーシャンの延長として、つまり既存の産業を拡張することによって生み出される。シルク・ドゥ・ソレイユも後者の事例に属する。ブルー・オーシャンでは競争は成り立たない。なぜなら、ルールが決まっていないのだから。

 レッド・オーシャンでは、絶えずうまく泳ぎつづけることが、いい換えればライバル企業との競い合いに勝ちつづけることが重要である。レッド・オーシャンはつねに重要であるし、ビジネスの世界からけっして消えてなくなりはしないだろう。ただし、たいていの業界では供給が需要を上回っているため、各社は縮小傾向の市場でシェア争いをせざるをえないのだが、それだけでは好業績を保てない(2)。企業はレッド・オーシャンでの競争に明け暮れるだけでなく、新たな利益機会と売上機会をつかみ取るために、ブルー・オーシャンを切り開いていかなくてはならないのだ。

 だが残念ながら、ブルー・オーシャンについては海図など存在しない。ここ25年間というもの、戦略研究は主として、レッド・オーシャンでの競争に焦点を当ててきた(3)。このため、レッド・オーシャンでいかにうまく競争を展開す
べきかについては、十分な理解が得られているだろう。既存業界の経済構造をどう分析すればよいか。低コスト・差別化・フォーカスといった戦略のどれを選ぶべきか。競合他社との比較はどうするのか……。ブルー・オーシャンをめぐる議論も皆無ではないが(4)、そもそもブルー・オーシャンをいかに創造すべきかという点については、実用的な指針はほとんどないのが現状である。ブルー・オーシャンを生み出すための分析枠組みや、リスクを効果的にマネジメントするための方法論などがないため、経営者やマネジャーたちのあいだには、ブルー・オーシャンを切り開きたいとの思いはあっても、現実に戦略として追求するにはやはりリスクが大きすぎた。そこで本書では、ブルー・オーシャンを追い求め、つかみ取るための実践的な枠組みと分析法を示していく。

【原注】
(1)市場の境界がどのように引かれ、競争のルールがいかに決まるかについては、以下を参照。Harrison C. White(1981)、Joseph Porac and José Antonio Rosa(1996)。
(2)Gary Hamel and C. K. Prahalad(1994)とJames F. Moore(1996)では、競争が激しさを増し、コモディティ化が加速する様子が示されている。この2つの潮流によっても、企業が成長するためには新しい市場を創造することが重要となる。
(3)マイケル・ポーターによる画期的な研究成果(1980, 1985)が発表されてからというもの、競争が戦略論の中心テーマでありつづけている。Paul Auerbach(1988)とGeorge S. Day et al.(1997)も参照されたい。
(4)たとえばHamel and Prahalad(1994)を参照。

(c) Chan Kim & Renée Mauborgne
Excerpt from Blue Ocean Strategy by Chan Kim & Renée Mauborgne
Japanese translation rights arranged with Harvard Business Review Press
through Tuttle Mori Agency inc., Tokyo
無断転載・複製を禁ず

 

【書籍のご案内】

『ブルー・オーシャン戦略』
~競争のない世界を創造する

世界100カ国超の先進企業に採用された、不朽の名作。血みどろの戦いが繰り広げられる既存の市場「レッド・オーシャン」を抜け出し、競争自体を無意味なものにする未開拓の市場「ブルー・オーシャン」を生み出す戦略を提示。新市場を創造する方策を初めて体系化することに成功した本書は、戦略論のバイブルとしていまなお世界中で読み継がれている。

 

【目次】
第Ⅰ部 ブルー・オーシャン戦略とは
第1章 ブルー・オーシャンを生み出す
第2章 分析のためのツールとフレームワーク
第Ⅱ部 ブルー・オーシャン戦略を策定する
第3章 市場の境界を引き直す
第4章 細かい数字は忘れ、森を見る
第5章 新たな需要を掘り起こす
第6章 正しい順序で戦略を考える
第Ⅲ部 ブルー・オーシャン戦略を実行する
第7章 組織面のハードルを乗り越える
第8章 実行を見すえて戦略を立てる
第9章 結び:ブルー・オーシャン戦略の持続と刷新
巻末資料A ブルー・オーシャン創造の歴史的形態
巻末資料B バリュー・イノベーション:戦略の再構築
巻末資料C バリュー・イノベ―ションの市場ダイナミクス

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