従来型の「4マス媒体」の広告が力を弱めている時代に問われるのは、ネットへの移行という方法論だけでなく、広告と生活者のそもそもの関係ではないだろうか。本来、生活者は広告を見たがっているのか。そこから考える必要がある。
個人的な経験で恐縮ですが、ネットのバナー広告を1度もクリックしたことがないと思います。知らないサイトに飛ぶのが怖いというのもありますが、広告だとわかっていることが返って最初から興味を失う部分があります。
私の場合、購買に導かれる情報はどこから来ているのか。友人のSNSやブログなど、広い意味で口コミからの情報を無意識のうちにあてにしています。このような人はそんなに珍しくないのではないでしょうか。
人は自ら進んで広告を見に行くのだろうか。これは非常にまれではないでしょうか。そもそも、自社の製品をよく言うのは当たり前です。私自身、自分の編集しているハーバード・ビジネス・レビューがいかに素晴らしい雑誌であるかを延々と語ることができます。しかし聞く人からすると、ハーバード・ビジネス・レビューについて、自らお金を出して読んでいる人から「いいよ」と言われた方がはるかに説得力があるでしょう。
「推奨」という言葉の本来の意味はこういうことだと思います。それがいま、ようやく広告の世界で重要視されてきたのではないでしょうか。
今号の特集テーマは「広告」ですが、過去のメディアの枠を買う発想からの転換が問題意識としてありました。「枠」の発想は乱暴な言い方ですが、生活者の視野に嫌でも入り込む、という期待ではないか。情報を発信する側が限られていた時代にこれは有効でしたが、誰もが情報の発信者となり、溢れる情報のなかから人々が主体的に自分から情報を取りに行く時代になると、「いやでも目に入る」状況を作り出すことは非常に困難です。情報を晒す発想から、生活者が情報を取りに行く道筋に情報をそっと置いておく発想への転換が必要です。これは生活者の行動や興味をもつタイミングへの、キメの細かい分析が必要でしょう。面倒と言えば面倒ですが、それらを担うデジタルツールも出始めています。
変化が求められる局面は不安も伴いますが、変化の方向は、コミュニケーションの根本的な部分への回帰を促しています。広告が一方的に発信する時代から、広告と生活者が並んで歩むような時代へ。このような両者が信頼で結ばれた社会を考えると、変化を前向きにとらえることができると思います。(編集長・岩佐文夫)