ミドリムシが地球を救う! そう意気込んだ出雲氏であったが、ミドリムシ研究はすでに風前の灯火となっていた。このうえなく有望な素材なのに、扱いづらいこと限りなし。しかし知れば知るほど、その魅力に取りつかれていった。ユーグレナ起業の一部始終を記した著書の公開連載第4回。

 

月産耳かき1杯──そもそもミドリムシの培養はなぜ難しいのか?

 いったいなぜミドリムシの培養は、そこまで難しいのだろうか? 調べてみると、その理由がわかってきた。

 簡単にいえば、ミドリムシは「美味しすぎる」のだ。生物学では「バイオロジカリー・コンタミネーション」(生物的な汚染)と呼ぶが、培養している間に、他の微生物が侵入してきて、あっという間にミドリムシを食い尽くしてしまうのである。

 それほどに、微生物の培養というのは、常にこの生物的な汚染との戦いなのである。「世界初のミドリムシの屋外大量培養技術」を確立した僕らにとって最後までハードルとなったのも、この問題にほかならない。

 乳酸菌なども、培養槽で増産している最中に、ちょっとでも別の菌が侵入すれば、もとの菌が喰われてしまう危険性がある。

 そのために乳製品を造る食品メーカーは、自分たちのヨーグルトをはじめとする商品を作り出す大事な乳酸菌を、徹底的に守るようにしている。その菌がそこらのバクテリアに食べられてしまったら、たいへんな損失になってしまうからだ。

 日本酒も同じだ。コメを発酵させている樽の中に変な菌が入ってきて巣を作られてしまったら、美味しいお酒ではなく、酸っぱい酢ができてしまう。いわゆる「火落ち」だ。そのためお酒を造る杜氏は、徹底して身を清めて、酒造現場に菌が混入するのを防いでいる。

 発酵や培養というのは、目的とする菌以外の増殖をいかに防ぐか、その研究の歴史なのである。そしてミドリムシの培養は、その研究のラストに位置する生き物だというのだ。当時の鈴木はよくこう言っていた。

「ミドリムシが培養できたら、もうほかに培養できないものはないと思います」

 なぜかといえば、ミドリムシの栄養価があらゆる微生物の中でもトップレベルにあるからだ。栄養があればあるほど、他の微生物に狙われやすい。だから培養は極めて難しく、ちょっとの汚染で全滅してしまう。

 結果、当時の技術では研究室内で「月産耳かき1杯」、つまり月にほんの数グラムしか産出できず、産業として成り立つ目処など夢のまた夢、という状況だったのだ。