本誌2013年8月号(7月10日発売)の特集は「起業に学ぶ」。これに合わせ、HBR.ORGから“起業の心得”をテーマに精選した記事をお届けする。第1回は、そもそも「アントレプレナーシップ」とは何かを再確認するために、ハーバード・ビジネススクールにおける定義を紹介する。


 アントレプレナーシップとは何だろうか? そんなわかりきった質問に興味を示すのは学者だけだ、と思われる向きもあるだろう。たしかに、教授である私は言葉の細部を気にしてしまうのは認めよう。しかし、「ストラテジー」や「ビジネスモデル」などと同様に、「アントレプレナーシップ」も幅広く解釈できる言葉である。ベンチャーキャピタルの支援を得たスタートアップ企業と解釈する人もいれば、小規模事業全般に該当する言葉だと考える人もいる。「コーポレート・アントレプレナーシップ」(企業内起業)をスローガンとして受け入れる人もいれば、矛盾した表現だと感じる人もいるであろう。

「アントレプレナーシップ」という言葉をめぐる歴史は興味深く、さまざまな学者がその定義を試みている。しかしここではそれらを網羅するのではなく、我々がハーバード・ビジネススクールで用いている定義に焦点を当ててみよう。この定義は、HBSにおけるアントレプレナーシップ研究のゴッドファーザー、ハワード・スティーブンソン教授によるものだ。アントレプレナーシップとは「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」である。

「追求」とは、1つの目標に向けた困難な取り組みを表している。起業家は多くの場合、瞬間的なチャンスを察知する。資源を集めるためには目に見える形で進展を示す必要があり、時間を無駄にすれば現金が減っていく。したがって起業家は、大企業では見られない切迫感を持っている――大企業ではどんなチャンスでもポートフォリオの一部とされ、資金も潤沢だ。

「機会」とは、次の4つのいずれか1つ以上に該当するものを指す――(1)真に革新的な製品の開発、(2)新しいビジネスモデルの考案、(3)既存製品の改良版や廉価版の開発、(4)既存製品の新規顧客層への売り込み。これらは相互排他的なものではない。たとえば新規ベンチャー事業が、革新的な製品の販売において、新しいビジネスモデルを採用する場合がある。また、この4つは企業にとっての機会を網羅したものでもない。たとえば収益改善の機会であれば、製品の値上げや、販売部隊の増員による拡大戦略など、革新的ではない(つまり起業家的でない)ものもある。

「コントロール可能な資源を超越して」とは、経営資源の制約に関係している。新規ベンチャー事業の立ち上げ当初、創業者は自社の人的資本、社会資本、および金融資本のみをコントロールする。起業家の多くは独力で事業を起こし、支出を必要最低限に抑えながら、自分の時間のみを事業につぎ込み、必要に応じて身銭も切る。これは場合によっては、新規ベンチャー事業を内部キャッシュフローによって自律状態まで持っていくのに適した手段となる。しかし、大きな可能性を持つベンチャー事業の場合は往々にして、創業者は個人的にコントロールしているよりも多くの資源を動員する必要が生じる。生産施設、流通チャネル、追加の運転資金などがやがて必要になるからだ。