60歳でCEOになったとすれば、5年後はもう65歳。経営者の仕事よりもむしろ引退生活にリアリティを感じるだろう。10年後は70歳。まず間違いなく引退しているという感覚のはずだ。ウェルチは結果的には20年の長きに渡ってCEOをやることになったわけだが、60歳で就任すれば20年後は80歳。こうなると、経営どころか、生きているかどうかもわからない、という話だ。詰まるところ、未来に向けた変革が「他人事」になってしまう。だから徹底して考え、実行することができない。
繰り返すが、これは資質や能力というよりも、人間の本性に根差した限界である。変革リーダーにとって「先見性」はあるに越したことはない。しかし、しょせん人間である。将来を何から何まで正確に見通すことができるリーダーなどあろうはずもない。経営者になるほどの人ならば、だれしもある程度の「先見性」はもっているはずだ(そうでなければ、そこまで出世できなかっただろう)。人間である以上、資質としての「先見性」にはたいした違いはないと考えた方がよい。
ウェルチにしても、先見性という意味で、何か特別なことを考えていたわけではない。ウェルチはITの世界にまれにいるような「ビジョナリー」ではまったくなかった。彼が見越したGEの未来は、その時点での大きなトレンドに基づいた、ごく常識的なものであった。普通に優れたCEOとウェルチとを切り分けるのは、未来に対するリアリティと変革という仕事についてのオーナーシップであり、「先見性」というような特殊能力の有無ではない。
変革には長い時間がかかる。2,3年で片がつく仕事ではない。ウェルチは実にしつこく変革を進めた。これでもかとばかりに、次から次へと変革のためのアクションを繰り出した。一つ一つの施策をしつこく繰り返し、現場に浸透するまで徹底して実行した。元も子もない話だが、このように「徹底」と「継続」ができたのも、単純にジャック・ウェルチという同じ1人のリーダーが司令塔であり続けたという連続性が大きい。
さすがのウェルチであっても、CEOに就任した時点では、20年もやることになるとは思っていなかっただろう。しかし、GEの歴史を見れば明らかなように、前任のジョーンズも、さらにその前のスミスにしても、10年程度の長期政権であった(現CEOのイメルトもすでに在任して10年以上になる)。ウェルチもまた、成果が出る限りは少なくとも10年はやるだろうというつもりでCEOのポジションに就いたはずだ(もちろん成果が出なければその時点でアウトだが)。
これが「社長の任期は2期4年」というようなルールなり「暗黙の慣行」があるもとでCEOになったとしたらどうだろうか。頭では長期的な視点で考えることが大切だとわかっていても、その「長期」の先には自分は会社に最早いないであろうこともわかっているのである。目先の足元を向いた判断やアクションばかりになるのもむべなるかな、である。10年先のあるべき姿に向けた変革は、いわば「おまけの仕事」であり、仕事の本丸はあくまでも短期的な成果(極端に言えば「次の四半期の数字の達成」)におかれることとなる。これでは企業変革ができるわけがない。
言うまでもないことだが、長期政権になるためには、そもそも若くしてCEOに就任することが重要な条件となる。60歳を過ぎて社長になり、「これから10年間、企業変革の最前線で指揮をとり続けてください」といわれたとする。普通の人であれば、「ちょっとかなわないな……」と思うだろう。
ということで、今回の結論である。ジャック・ウェルチの成功事例から導き出される変革リーダーの条件その1は「若いこと」である。変革期のリーダーは原則的には若い方がいい(もちろん例外もたくさんあるが)。若いリーダーに変革を託し、同じ人に長くやってもらう。これが企業変革の王道にして正攻法だというのが僕の見解だ。きわめてシンプル、原理的にはどの会社でもすぐに実行可能な話である。
少なくとも「60歳で2期4年」は論外である。口でどんなに企業変革の重要性を叫んでも、そうした慣行を墨守している会社は変革に本腰を入れてないと判断してよい。