原発、環境、医療、教育――いま私たちの周りには、大きくて複雑な問題が山積している。単純に白黒つくものではなく、そう簡単には解決できない。このまま見過せば、未来の世代に大きなツケを残すことになる。とはいえ、正しく取り組めば、筋道を見出していくことは可能だ。元マッキンゼー東京支社長であり、現在、東大エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)で次世代リーダーを育成している横山禎徳氏が、これからの日本に必要な考え方を全8回にわたって連載する。
多くの読者にとっては「社会」も「システム」も「デザイン」も抽象的で何の実感もわかないし、あまり自分の生活には関係ない話に思えるかもしれない。しかし、我慢して最後まで読んでいただきたいと思う。なぜなら、この枠組みとアプローチを理解することで、世の中のいろいろな難しいことがもっと筋道の通った形で見えるようになるからである。これまでどのように考え、何をしたらいいのかわかりにくかった問題が、もっとよりよく把握できるようになるはずだ。
たとえば、ここ数年私たちの大きな関心事になっている原発の問題を取り上げてみよう。日本に現在50基存在する原発を今後どうしていくかは、国民1人ひとりがそれなりの思いと意見を持たざるを得ないテーマである。ほとんどのマスコミが3.11以降、このテーマに関していろいろ報道してきた。しかし、本当に知りたいことが十分報道されてきたのかどうか、確信をもうひとつ持てないでいる。
賛成、反対では収まらない。何を拠りどころに考えるべきか
一方で、事は進行している。新しい安全基準が発表され、その基準をもとに現在休止中の原発の再稼働に関して原子力規制委員会での審査が始まっている。原発再稼働賛成、反対と国民の意見は割れたままである。その安全基準が妥当なものか、それに沿って再稼働して安心なのか。何かよくわからないと多くの人は感じているのではないだろうか。
放射線の長期的影響とか除染の効果、緊急時の対策など諸々の問題を含めて原発の問題を本当のところ、何を拠りどころにして考えたらいいのか、何か考える枠組みが欲しいはずだ。そういうことを考える枠組みになりうるのが「社会システム・デザイン」なのである。この枠組みをできるだけわかりやすく説明してみるつもりだ。
この枠組みに沿って考えるということは原発を「原発システム」としてとらえることである。賛成だ、反対だと対立し、何も決められないままでいる間に大地震が発生し、原発が何らかの形で破損することはありうる。津波はともかく地震には十分対応できるというのが専門家の意見だが、「想定外」のことが起こりうることを今回経験したのであり、地震に関しても「想定外」が起こらないという保証はない。
原子炉は大丈夫でも外部交流電源喪失はありうるだろうし、非常用電源のディーゼル・エンジンが急な立ち上げで突如故障することもあるかもしれない。配電盤が地震で壊れてしまうということだってありうる。そういうものの修理も想定以上に時間がかかったりするかもしれない。そういう不測の事態に対応できるよう今できるだけ速やかに対策を打つべきである。原発賛成だ、反対だと時間を浪費している場合ではない。
ではどのような観点から対策を打つべきかというと「原発システム」という観点からだ。現在の日本の原発を「原発システム」としてみた場合、3.11によってきわめて不備な点が多く、「想定外」が起こることも経験した。「安全神話」という呪縛からこれまで出来なかった緊急時対応体制も含めて今であれば徹底的に組み立てることができる。部分、部分をバラバラにつくるのではなく、すべて「原発システム」としてうまく機能するような組み立てをしないといけないことは容易に想像できるはずだ。
社会システムデザイナー。前川國男建築設計事務所、デイヴィス・ブロディ・アンド・アソシエーツを経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社マッキンゼー・アンド・カンパニー元東京支社長。現在、三井住友フィナンシャルグループ、三井住友銀行、オリックス生命、社外取締役。東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP) 企画・ 推進責任者。「社会システム・デザイン」という新しい分野の確立と発展に向けて活動中。