市場が発生確率75パーセントと予測した出来事は、実際におよそ75パーセントの確率で発生していた。インクリングは、各事象の予測確率(予測市場の株価から測定したもの)と実際の発生確率をグラフ化した。図2‐1に示すのがその比較だ。直線は、市場の予測が完璧だったとした場合の理論値だ。点線は、実際の値だ。

 これまでに紹介した市場は、いずれも出来事を予測するものだった。しかし、結果を数値で予測する予測市場もある。たとえば、今後30日間で、アメリカ海軍の新兵募集に何人の男女が応募するか? 予測市場で「1万2500~1万5000人の間」と予測され、実際に1万3750人が応募したとしたら、市場の予測は完璧だったということになる。インクリングが、予測された数値と実際の数値を長期的に比較したところ、出来事を予測する場合と同じくらい正確だった。

 図2‐1の標本となったどの市場でも、不確実な出来事について何もかも知っている人はいなかった。多くの人々はほとんど無知な状態で予測をしていた。しかし、市場で投資家たちが取引し合うと、分散されていた情報が集約される。自分が確かな情報を握っていると思うトレーダーは、より多額の投資をするので、株価に大きな影響を与える。一方、確かな情報をほとんど持っていない人々は、ほとんど投資をしない。

ゴミを入れればゴミが出てくる

 予測で異常値が発生するのは、質問が単に「ガーベッジ・イン・ガーベッジ・アウト」(統計学者の言うGIGO)タイプの質問だったから、という場合もある(訳注/「ガーベッジ・イン・ガーベッジ・アウト」とは、直訳すると「ゴミを入れればゴミが出てくる」、つまり「入力が悪ければ出力が悪くて当たり前」という意味のコンピューター用語だが、「根拠となる情報が間違っていれば判断を間違う」といった意味の慣用句として、英語では日常的に使われる)。このタイプの質問では、有益な情報を握っている投資家はほとんどいない。ドナルド・トランプは3か月以内にニューヨーク市長選挙に立候補を表明するか? 2026年のFIFAワールドカップの開催都市は? このような質問を掲げれば、人はとりあえず答えようとする。しかし、出てくる答えは〝ゴミ〟になる。予測市場は、偶然の出来事さえも予測できる魔法の道具ではないのだ。

 理屈からいえば、インクリングやイントレードといった営利的な市場は、ほかの予測手法に劣らない結果を生み出すはずだ。なぜなら、優れた情報を握っている人々には、予測市場に投資する大きな金銭的動機があるからだ。イントレードで、優れた情報を握っている人がいくら取引をしても、ほかの投資家がその逆に投資しつづけるせいで価格が変わらないとすれば、その人は莫大な利益を得ながら取引を続けるだろう。しかしたいていの場合、人よりも優れた情報を握っているトレーダーは、投資することによってその情報が導く方向にイントレード市場の価格を動かすことになる。その結果、イントレードの予測は、優れた情報の示唆する予測とまったく同じになるのだ。

 さらに、予測市場の精度がほかの予測手法とせいぜい同程度だったとしても、予測市場には別のメリットがある。たとえば、あるプロジェクトが納期に間に合うかどうかを予測する市場について考えてみてほしい。市場を使えば、その予測の支持率がわかる。成功確率80パーセントの方が40パーセントよりも支持が高いことになる。