予測市場の事例を提示する書籍の紹介連載、いよいよ最終回。イーライリリーとイノセンティブなど、オープン・イノベーションで名をはせた事例を挙げ、予測市場のリスクヘッジ効果に迫る。同社やGEなどは、DHBR本誌2013年9月号「集合知を活かす技術」特集でも取り上げているように、この分野で非常に有名な例である。
イーライリリーとイノセンティブ
市場を社外に拡大するという考えは、決して新しいものではない。実際、21世紀初頭に製薬会社のイーライリリーがそれを行なっている。イーライリリーは、社内の予測市場を数年間にわたって運営したあと、マサチューセッツ州アンドーヴァーに新興企業イノセンティブ(InnoCentive)を設立した。イーライリリーの元上級科学研究員のアルフェアス・ビンガムが経営するイノセンティブ社は、社外の問題解決者との協力を築くために設立された。
イーライリリー社内の予測市場は、50人ものプロダクト・マネジャー、化学者、生物学者からなり、さまざまな結果の予測に用いられていた。たとえば、数百万ドルのコストがかかる食品医薬品局の審査プロセスで、新薬の申請が却下されるか? 投資家は、6種類の薬剤の分子構成、試験計画書、毒性試験報告書の結果を伝えられ、当局の承認が下りる可能性のもっとも高い3つの薬剤を予測する市場で、株式の取引を行なった。
その結果、承認される3つの薬剤を正確に予測できただけでなく、最終試験に数千万ドルを費やさずに中止すべきだった薬剤も言い当てた。取引データのおかげで、ほかの予測手法ではわからなかったさまざまな意見が明らかになった。薬剤の株価が80ドルということは、60ドルの薬よりも信頼が高いことを意味する。
これこそ、社内の予測市場の大きな問題だった。イーライリリーは、薬剤を開発した科学者や、動物やヒトの試験を担当する研究者が、薬剤の承認の可否について直感的にかなり理解していることを知っていた。しかし、研究者の側には、それをわざわざ人に伝えたり、首を突っ込んだりする理由がなかった。彼らは、イーライリリーのピラミッド構造の中で黙々と自分の研究業務をこなし、上に薬剤をバトンタッチすればいい。当局の承認が下りなくても、それは自分の責任ではない。
イーライリリーのいちばんの問題は、矛盾する結果にどう対処するかというものだった。これはライト・ソリューションズの企業文化にはない問題だった。段階を経た科学承認プロセスと社内の市場で別々の結論が出た場合、会社はどちらを取ればよいのか? 科学者たちに、プロジェクト・マネジャーや化学者の多様な集団の方が賢いと納得してもらうには? ライト・ソリューションズではこのような問題は起こりえない──市場の方が賢いという前提があるからだ。
イーライリリーは、社内の予測市場にはふさわしくないフォローアップの問題を抱えていた。そこで、新興企業のイノセンティブに問題を委ねることにした。イノセンティブは、国内外の新しいがん治療法のフェーズⅠとフェーズⅡの臨床試験を行なう効率的な方法を探していた。最良の情報を提供したのは、規制当局の承認プロセスに携わっていた科学者たちだった。彼らには豊富なアイデアがあったが、それまではアイデアを表明する機会がなかったのだ。