社会学者による定義と違って、ここでは「社会システム」を「生活者・消費者への価値創造と提供の仕組み」と定義している。それは社会全体ではなく、「医療システム」というレベルの「社会システム」である。このレベル以下の「社会システム」であればデザイン可能である。

 例えば、現在の「病院システム」に対して、多くの患者はそこかしこに不満を持っている。「医者は病気には関心があるが、病人には関心がない」のではないかと時々思ったりする。患者の側から発想する新しい「病院システム」のデザインはいろいろありそうだ。このようにデザイン可能なレベルの「社会システム」をデザインするのである。

人間も社会も「時とともに変わる」

 しかし、このデザインは思ったよりむつかしい。なぜなら「社会システム」はダイナミック・システムだからである。

 ダイナミック・システムというのは少しわかりにくい。「ダイナミック」というのは通常使われる「精力的で活動的」という意味ではなく、「動的」という意味である。すなわち、時間とともに変わるということであり、また、過去が現在の状況に影響するという意味でもある。日本の社会も過去の累積で現在がある。

 自然界には多くのダイナミック・システムが存在する。自然界はダイナミック・システムそのものであるといっていい。その代表は天候であろう。今日の天気は昨日の天気の延長である。しかし、天気予報が必ずしも当たらないのは、どのような延長になるのか、現在の最先端のスパコンでもそう簡単に予測ができない。天候は複雑な要素が絡み合っている、「複雑系」のシステムだからである。

 1番身近なダイナミック・システムは人間である。呼吸システム、神経システム、代謝システム、免疫システム、消化・吸収システムなどが集合したダイナミック・システムである。我々は成長し老化する。また、食事によって太ったり痩せたりもする。飲みすぎると二日酔いになったりするし、それを続けると肝臓の機能障害が起こる。このように人間は時間とともに変化し続ける。その人間が寄り集まってできている社会は当然ダイナミック・システムなのである。

 その部分である都市もまた、ダイナミック・システムである。その都市を構成している建築はどうか。建築はスタティック・システム、すなわち、静的なシステムであろう。少し風化したり、汚れたりするにしても時間とともに姿かたちを変えていかないからだ。「建築は凍れる音楽」であるといわれるゆえんでもある。

 このように定義されたダイナミック・システムである「社会システム」をデザインするためにはしっかりした枠組みとアプローチが必要である。それがないと、毎回、水準以上のデザインができるという保証ができない。安心して「社会システム・デザイナー」にデザインを頼むことができないし、それ以前に、「社会システム・デザイナー」を育成することができない。

 日本に30万人近い医師が存在するのは医学という学問的枠組みに基づいた、診断や治療のアプローチが先人の努力によって出来上がっているからである。だから、数多くの医師を育成し、供給し続けることができる。その意味では「社会システム・デザイン」も医療と同じプロフェショナルな高度技能なのである。