シンガポールを本拠にイノベーション支援を行うアンソニーは、アジアにおけるイノベーションの大きな可能性にたびたび言及している。しかしその可能性を顕在化させるには、3つの意識改革が必要であるという。


 私は過去3年間にわたり、「アジアは世界のイノベーション基地として台頭している」という考えを語り続けてきた。2010年初めにシンガポールに移り住んだのも、それが大きな理由だ。2011年の終盤にはこの連載で、「世界のイノベーションのエネルギーがアジアに集まってきている。この傾向は明らかであり、継続的であるように見える」とも書いた。

 いまでも引き続き楽観はしているが、アジアがそのポテンシャルを現実のものとするには、現実的なハードルを越えなければならない。そのうちのいくつか、たとえば時代遅れのインフラや、十分に機能していないリスク資本市場などは、わかりやすい問題なので詳しく説明する必要はないだろう。もっと致命的で解決が難しいのは、次の3つのマインドセットを変える必要があるということだ。

第1に、失敗に対して現在よりもはるかに寛容になる必要がある。失敗への寛容さに欠ける原因は法律にもある。破産には長期にわたるペナルティが伴うので、人々はリスクを避ける。さらに、同業者や家族、友人、同僚からのプレッシャーも、失敗を避ける原因となっている。そうした風潮は幼少期の学校生活からすでに見られる。イノベーションは偶然起こるものではないが、完璧に予測できるものでもない。どんな成功にも紆余曲折があり、最初は失敗が伴う。歴史上、世界を変えた画期的アイデアのいくつかは、偶然の発見から生まれた。失敗を恐れれば、イノベーションの息の根を止めることになる。

第2に、階層的な意思決定のアプローチをやめる。優れたアイデアであれば、その出所を問わず取り入れる必要がある。あるアジアの大企業での経験が、鮮明に私の印象に残っている。そこの若いミドル・マネジャーと、新しいアイデアについてビジネスプランを検討していた時のことだ。そのアイデアがお粗末だということはすぐに明らかになり、ミドル・マネジャーもそのことを知っていた。私は「このアイデアがダメだと全員がわかっているなら、なぜ取り組みをやめないのか?」と聞いた。答えは予想どおり、「ボスが気に入っているから」だった。失敗する運命にあるアイデアで時間を無駄にしないほうが、ボスも結局は喜ぶのではないか、という意見は受け入れられなかった。

 イノベーションは、偉い人が勝つゲームであってはならない。最も優れたアイデアが勝つべきだ。見識と制度的知識を持つ上層部のリーダーも、たしかに優れたアイデアを出すことができるだろう。しかし、先入観のない、未来を担う20代の若者でもそれは可能なのだ。