「ビッグデータはコストがかかるから良くない」という理論はおかしい
――それではどのようなプロモーションを採るべきなのでしょうか。
重要な点は2つあります。
まずは、見えないところでロイヤルティを高める仕掛けをつくることです。ポイントの還元率のような外から見えるものは、簡単に真似されてしまいますし、顧客も慣れてしまいます。ですから、ロイヤルティ・プログラムは外から見えない部分を厚く用意すべきです。つまり、あるステータスに到達したら受けられるサービスが増えるといったプログラムや、あるカテゴリで10万円以上の買い物をした人だけが受けられる割引プログラムを用意するなど、一人一人にカスタマイズされたプログラムができれば、外からは見えにくいため、先ほど述べたようないたちごっこは生まれません。ポイントというベースを押さえながら、その上の見えない部分をリッチにすることが重要です。
もう1つはコストとベネフィットの非対称性です。コストをかけずに、顧客に小さな喜びを感じ続けてもらう仕掛けをつくるのです。これをうまくやっているのが、スターウッド・ホテル&リゾートです。セントレジスやウェスティン、シェラトンといったブランドを傘下にもつホテル・チェーンですが、2009年まで9年連続で旅行業界の最優秀ゲストプログラム賞の座に輝いています。Starwood Preferred Guest(SPG)というサービスがあり、コストはかからないのに付加価値として感じられるサービスを多く提供しているのです。
たとえばチェックイン・カウンターがSPGメンバーは別に用意されています。カウンターが別というだけのことですが、チェックインの行列に並ばなくて済むという、ちょっとした優越感が得られます。フロントの人が通常カウンターから専用カウンターに移動するだけで済むため、フロントの人数を増やすなどの追加コストはかかりません。ほかにも、ポイント交換で得られる無料宿泊特典についても、ブラックアウト(特典除外日)をなくしていつでも利用可能にしました。プラチナメンバーに対しては、チェックイン時に空きがあれば、部屋を自動アップグレードするといったサービスをしています。これらは顧客が間違いなく喜んでくれるサービスですが、単に空室を提供しただけですから、追加コストはほとんどかかっていません。このように、スターウッドではポイント・プログラムを実施しながらも、付加価値をうまく提供するように設計しているため、企業価値を損ねずにロックインに成功しているのです。
ビッグデータのためにポイント・プログラムを実施するのであれば、こうした設計は欠かせません。
――データ収集のためのポイント・プログラムに、どこまでコストを払うかが問題ですね。
まさにその通りです。そして集めたデータがどこまで使えるかというのも、次に大きな問題です。実際のところ、データを使い切れるだけの準備が、日本企業にはない場合が多い。そのような状況では、現在のポイント・プログラムはものすごいコストになっています。 平均的な小売りのマーケティング費用は1.5%~2%程度ですので、1%のポイント・プログラムだけでマーケティング予算の半分を占めているわけです。しかも先ほど述べた通り、簡単にやめるわけにはいかないものです。
このコスト面がクローズアップされると、ビッグデータは使えないという話になりがちですが、そこの議論は分けなければいけません。あくまでもロイヤルティ・プログラムはデータを集めるための策であり、ビッグデータそのものの良し悪しには関係がありません。(後編に続く)