顧客の支払い意思「ウィリングネス・トゥ・ペイ」
プライシングとは、本来の価値に見合っている、顧客が支払える範囲と企業が利益を上げられる範囲をどうバランスさせるかにかかっている。「ウィリングネス・トゥ・ペイ」(willingness to pay:WTP)、つまり、顧客はいくらまで払っていいと思っているか、対して企業はその顧客の意志の集合にどう対応するかがポイントである。
伝統的な経済学においても、独占企業などがさらに利益を上げるために行う方策として、価格差別を挙げている。それぞれの顧客のWTPに応じて段階的な価格設定をすれば、それぞれの顧客からよりWTPに近い価格を支払ってもらえる。また、それまで価格がWTPを上回ってしまって購買を断念した一部の顧客を取り込むこともできる。価格差別を正当化し、受け入れてもらうために、企業は製品やサービスに「フリルをつける」(付帯サービスなどを追加する)ことが多い。航空会社のビジネスクラスは、座席や空間、食事などに差をつけ、より高く支払える人により高い価格で提供した。クレジット・カードの会員もしかり。
加えて「ソーシャル・シグナルも価格決定上の重要な要因となりうる」と阿久津教授は説く。つまり、他の人がどれぐらい支払っているかが価値となる、ということである。いわゆる消費のステイタスも、これに当てはまる。
さらには、価格は品質のシグナルにもなりうる。品質のシグナルとしての価格の影響は、価値の性質によっても異ってくる。以下の3つの価値のタイプで言えば、探索価値よりも経験価値、さらには信用価値において、品質シグナルとしての価格の影響は大きい。
・調べれば分かる価値(素材のタイプや量など)。いわゆる探索価値。
・経験してはじめてわかる価値(機微に富む細やかなサービスなど)。いわゆる経験価値。
・経験しても効果などがよくわからない価値(一部の美容液やサプリメントなど)。いわゆる信用価値。
こうしてみると、もはや「価格が下がれば需要が上がる、価格が上がれば需要が下がる」とは単純に言い切れない。WTPをうまくコントロールできたブランドは、「価格が上がれば需要が上がる」ことも十分ありうるのである。
ベイン・アンド・カンパニーが発表した「2013年 高級品市場レポート」によれば、世界の個人向け高級品市場規模は、2013年に約2170億ユーロと過去最高を記録しており、今後も成長が見込まれている(図表を参照)。このデータは、高級品市場において、いぜん高いWTPが維持されていることを示唆している。
(つづく)
*第2回は6月11日(水)公開予定。