インターネットが普及する以前は、「品揃えとコスト」や「顧客サービスとコスト」といったトレードオフ関係にある2つの目的を同時に追求することはできなかった。しかし技術の進歩により、2つの目的はトレードオフではなくなり、同時追求が可能となる。技術の進歩がいかにトレードオフを解消するのか。アマゾンなどの事例をもとに考える。

技術によるトレードオフの解消

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淺羽・茂(あさば・しげる) 早稲田大学ビジネススクール教授。 1985年 東京大学経済学部卒業。94年 東京大学より、博士(経済学)取得。 99年 UCLAより、Ph. D(マネジメント)取得。学習院大学経済学部教授を経て、2013年より現職。 主な著書に、『競争と協力の戦略』(有斐閣)、『日本企業の競争原理』(東洋経済新報社)『経営戦略の経済学』(日本評論社)、『ビジネスシステムレボリューション』(NTT出版)、『企業戦略を考える』(日本経済新聞出版社)『企業の経済学』、(日本経済新聞出版社)『経営戦略をつかむ』(有斐閣)

 2013年、アマゾンの創始者J. ベゾスについて書かれた『果てなき野望』(注1)という本が出版された。そのなかでベゾスは、小売店は2種類に分かれると述べている。どうしたら値段を高くできるのかを考える店と、どうしたら値段を下げられるのかを考える店である。

 小売店に限らずほとんどの企業には、低価格のほかに、顧客サービス、品揃え、ブランド・イメージといった追求すべき目的(価値)がある。これらの目的と価格とがトレードオフであるために、それぞれの小売店が一兎戦略をとる結果、ベゾスが言うように小売店は2種類に分かれるのだ。

 成功するために一兎戦略をとる。これが多くの小売店にとっての常識である。たとえばノードストロームは、顧客の要望に「絶対にノーと言わない」ことで知られており、コストを度外視してまで顧客第一主義、顧客サービスを徹底しているといわれている。逆にウォールマートは広告を出すことなくエブリディ・ロー・プライスを実現しているし、コストコは品揃えはそれほど充実していないが、一つの商品を大量に仕入れることで低価格を実現している。

 ところがアマゾンは、店舗を構えていないので小売の常識に縛られない。棚スペースは無限なので、品揃えはどこまでも増やすことができる。いわゆるロングテールであり、書籍販売の四分の一は、上位10万タイトル以外の本によるという。また、顧客ごとにパーソナライズされた高度なサービスを提供することもできる。しかし、同時にエブリディ・ロー・プライスでもある。つまり、アマゾンは、ノードストロームとウォールマートやコストコのいいとこどりをしているのだ。

 アマゾンが一兎戦略ではなく、両方を同時に高めることができるのは、まさしく店舗を持たないインターネット通販だからである。インターネットが普及するまでは、品揃えとコストや顧客サービスとコストといったトレードオフ関係にある2つの目的を同時に追求することはできなかったが、技術の進歩により、2つの目的はトレードオフではなくなり、同時追求が可能となったのである。