C・クリステンセン創設のイノサイトで活躍する、スコット・アンソニーの連載を再開。スタートアップやベンチャーにおいて、「収益性」と「成長」は時にニワトリと卵の関係にも思えるかもしれない。どちらを先に追求すべきか、事例と留意点を踏まえておきたい。


 新興企業が最初に追求すべきなのは、収益性と成長のどちらだろうか。

 後者、すなわち迅速な成長を提唱する人たちが必ず例に挙げるのは、有望なビジネスモデルが確立される前に目を見張る成長ぶりが買い手を引き付けた企業だ。たとえばタンブラー(高校中退者が1人で立ち上げ、収益がまだ2000万ドルにも達していなかった時に、米ヤフーが11億ドルで買収)であり、ユーチューブ(創業から19カ月後にグーグルが20億ドル近くで買収)である。

 だが、これらはきわめて珍しい例である。タンブラーのような企業1社の影には、ある程度は成功したものの大きな飛躍はついに果たせなかった企業が数十社ある。さらに数百もの企業は、スタート台から飛び出すことさえなかった。実際、ハーバード・ビジネススクールの上級講師シカール・ゴーシュの調査結果によれば、ベンチャーキャピタルの支援を受けた新興企業(おそらくスタートアップの世界では超一流)の実に75%は、投資家に出資金を返還できなかった(ましてやプラスのリターンは望むべくもなかった)。

 成長のみを重視すれば、リスクを抱え込むことになる。無我夢中に成長を追求する新興企業は、ベンチャーキャピタルからの資金が枯渇したり、買い手がほとんどいなくなったりすれば資金不足に陥りかねない。大企業の社内ベンチャーである場合は、利益を吸い上げるだけの新規事業はすぐに企業のコスト削減対象となることが多い。

 それではなぜ、成長にこだわる人がこれほど多いのだろうか。心理学用語で言う「利用可能性ヒューリスティック」である。大きな出来事は、ずっと議論や分析の対象であり続けて記憶に留まるため、私たちはそのような出来事が実際よりも頻繁に発生していると勘違いする。よく引き合いに出される例が、飛行機と自動車のリスクに関する認識の違いだ。飛行機の墜落は大ニュースになりやすいが、自動車事故はならない。飛行機事故による死亡者数が最大だった年は1972年で、3000人を超える人命が墜落で失われた。これはおおよそ、米国における自動車事故による月間の死亡者数と同じである。

 成長は重要だが、事業の長期的な生存可能性を裏付けるには、利益のほうがより有力な証拠になる。十分な利益を生み出せば事業は自律的に回るようになる。つまり、財布の紐が堅いベンチャーキャピタリストやいつも懐疑的な法人投資家から、苦労して資金を調達する必要がなくなる。