学術分野においては、グッズ・ドミナント・ロジック(G-Dロジック)からサービス・ドミナント・ロジック(S-Dロジック)へと「価値づくり」の世界観の転換に関する議論が活発化している。その一方、現実経済においては、さまざまな企業がS-Dロジックに基づく価値共創を実施している。その代表例といえるのが良品計画やウェザーニューズだ。今回は、この二つの事例をもとに価値共創の実際に迫る。全3回。

〈素のままポテトチップス〉:余白を残して市場導入

 良品計画の〈無印良品〉は、かねてから積極的に価値共創を行うことで知られる。その代表的な製品事例として、たとえば〈LED持ち運びできるあかり〉や〈自立するフローリングモップケース〉などが挙げられる。これらは企業活動の開発段階に顧客の声を反映する事例として知られ、その成果は製品として結実する。言い換えると、価値共創の成果が、交換価値に収れんする事例といえる。

 一方、〈無印良品〉の価値共創事例のなかには、その成果が使用価値に収れんする事例も多く見つけることができる。さらに顧客が体験する価値の中身を企業側があらかじめ規定し、設計することができる事前規定性の高い場合と、企業も顧客も事前規定することができず、顧客の使用プロセスを通じて初めてその価値が何であるか明らかになる、事後創発性の高いケースがあることが、筆者らが良品計画と進める共同研究から明らかになりつつある。

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出所:小野・藤川・阿久津・芳賀(2014)をもとに筆者加筆修正

 図1は、価値共創の類型を、その成果が交換価値に収れんする場合と使用価値に収れんする場合、事前規定性の高い場合と事後創発性の高い場合、に分けて整理したものである。先述の〈LED持ち運びできるあかり〉や〈自立するフローリングモップケース〉などは、図1の①の事例といえる。企業活動の開発段階に顧客の声を反映する事例で、その成果は交換価値として製品に埋め込まれ、価値の中身は製品の機能や性能として事前規定される。

藤川佳則(ふじかわ・よしのり)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授
一橋大学経済学部卒業、同大学院商学研究科修士。ハーバード・ビジネススクールMBA(経営学修士)、ペンシルバニア州立大学Ph.D.(経営学博士)。ハーバード・ビジネススクール研究助手、ペンシルバニア州立大学講師、オルソン・ザルトマン・アソシエイツ(コンサルティング)、一橋大学大学院国際企業戦略研究科専任講師を経て現職。専門はマーケティング、サービス・マネジメント、消費者行動論。
Harvard Business Review (Harvard Business Press)、『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)、『マーケティング革新の時代』(有斐閣)、『マーケティング・ジャーナル』(日本マーケティング協会)などに執筆。訳書に『心脳マーケティング』(ダイヤモンド社)がある。

 だが最近の事例として興味深いのは、同社でよく使われる用語でもある「余白を残して市場に出す」取り組みだ。この取り組みは二種類に分けることができる。一つ目が、「価値づくり」のシナリオを企業側で事前に設計してから市場に出し、そのシナリオ通りに顧客に行動してもらうパターンだ(図1の②)。

 たとえば、〈その次があるバスタオル〉がある。これはバスタオルに縦と横に何本かの線が入っていて、そこの生地だけが特殊加工されているという製品だ。古くなったバスタオルを捨てずに、ハサミで切ってハンドタオルや雑巾、布巾として使うことは多いだろう。従来型のバスタオルの場合、ハサミをいれると生地がボロボロと散らばりゴミが出てしまうが、〈その次があるバスタオル〉の線に沿って切れば、その部分の生地が加工されているためほつれることはない。実際の使い方は顧客が決めるが、顧客の行動を見越して市場に投入された製品である。つまり、〈無印良品〉側でその後の使用価値のシナリオをある程度想定している。

 また〈おたたみパジャマ〉という子供用のパジャマも同様だ。これはパジャマの腕の付け根や足のつま先などにマークや数字がついていて、マークとマーク、数字と数字を合わせれば、子どもが楽しみながら自然とパジャマをたたむことができてしまう。製品に価値を作り込む交換価値にとどまらず、使う過程における使用価値に焦点をあてた商品だが、そのシナリオは〈無印良品〉が事前に描いているといえる。

 二つ目として、〈無印良品〉側では価値共創のシナリオを事前に描き切らず、「余白を残して」市場導入するパターンがある(図1の③)。

 たとえば〈素のままポテトチップス〉がある。それまでのポテトチップ市場における各社の競争は、味の濃さや味の種類を強化する方向に進んでいた。2008年、〈無印良品〉はその逆を行き、「素のまま」と書いて「そのまま」と読む商品名の通り、味を一切つけない、じゃがいもの味だけで勝負する商品を投入した。また、黒こしょう、コンソメ、カレーなど8種の「味付けパウダー」を同時発売した。じゃがいも本来の味を楽しむとともに、味やその濃さを自分で調節できるこの商品は、その年のヒット商品となった。「何をつけるのかはお客さんが考えください」という「余白を残す」試みだ。

 同社は、1袋100円の味がないポテトチップスの価値を伝えるために、ポスターや店頭POP、味付けパウダーの専用什器などの他、味付けパウダーを入れて袋をシャカシャカと振って味をつける方法を伝えるプロモーションに工夫を加えた。ここで興味深いのは、商品の市場導入とともに、ネットストア上に日本地図を掲載し、同商品の「新しい食べ方」や「郷土の味」を顧客が投稿することができる仕組みを設けたことだ。

 すると「うどんのだしをつけています」「塩昆布がおいしい」と、地域性に富んださまざまなオリジナルのアイデアが集まってきた。〈無印良品〉は、こうしてウェブサイトに集まったスパイスの人気投票を行ったり、応募者の中から抽選で新しい「味付けパウダー」の開発に参加する権利をプレゼントする、などの工夫を施した。

 顧客の声を取り入れたユーザー参加型の製品開発を経て出された味付けパウダー(図1の①)が、担当者の期待通りに“シャカシャカふられて味付けされる”という事前規定の使用価値の提案と実現がされる一方(図1の②)、想定を超えた使われ方も広まった(図1の③)。別売りの味付けパウダーが一人歩きを始めたのである。同じ時期に〈クックパッド〉などのレシピ共有サイトやソーシャルメディアが普及し始めたこともあり、「〈素のままポテトチップス〉のコンソメパウダーを唐揚げに使うとおいしい」などといった話が口コミで広まった。また、もともとターゲットとして認識していなかった高齢者や子どもたちが、味付けせずに食べることができる商品を受け入れてくれることなども新たにわかった。

〈素のままポテトチップス〉の市場における成功は、「素のままシリーズ」として拡大され、ポップコーンやひねり揚げなどのスナック菓子のほか、素焼きアーモンド、かぼちゃ、ドライフルーツなどへと展開されるようになった。おつまみとして発売した塩をかけないアーモンドは、意外にも女性のダイエット食として食されていた。また、ユーザーがシャカシャカ振る際、袋を縦方向に開けてしまい、十分に触れないケースも見られたため、縦方向に開けないよう、切り取り線をプリントするなどの改善も加えられた。

〈無印良品〉の「素のままシリーズ」は、使用価値の中身を、企業側で事前に規定する素側面に加え、余白を残して市場に投入し、顧客と一緒に事後的に創発していく側面を持つ事例である。