〈グーグル・グラス〉は、他のグーグル製品と違う点がいくつかある。開発の中途段階で公表したこと、最初の導入先を消費者市場から法人市場に変えつつあることなどだ。開発者たちのコメントと複数の戦略論をもとに、グーグル・グラス事業の経緯と今後の展開を考察する。
ハーバード・ビジネススクール教授のトーマス・アイゼンマンは、〈グーグル・グラス〉(以降、Gグラス)に関するケーススタディについて最初に講義を行った時、学生たちにこう尋ねた。
次の3つのシナリオのうち、最も可能性が高いのはどれか。①Gグラスはまず企業に浸透し、その後だんだんと一般消費者に受け入れられていく。②アーリーアダプターであるデジタルオタクは飛びつくが、それ以上は広がらない。③一般消費者に急速に普及する。
学生の多くは第1のシナリオを支持した。そういう意見は珍しくない。
デロイトの予想によれば、スマートグラスには大きな消費者需要があり、世界中で「2016年までに数千万個、2020年には1億個を超える」売上げが期待できるとされている。しかし、これまでの報道を見る限り、医療分野や製造業の専門職が興味を示す一方、一般消費者は慎重な態度を取っている(関連記事)。
ビジネスニュースサイトのクォーツ(Quartz)は2013年8月、次のように報じた。「Gグラス事業の担当者たちは、さまざまな企業や機関に営業訪問している。彼らのクォーツへの回答によれば、最も期待を寄せてくれるのはメーカー、教師、医療関連企業、病院などが多いという。グーグルの狙いは、Gグラスを企業に売り込んで、さまざまなアプリケーションを開発してもらうことなのかもしれない」
実際、2014年4月にグーグル・デベロッパーズ(開発者向けのコミュニティ)は「グラス・アット・ワーク」を立ち上げている。これはGグラスのプラットフォーム上で動く業務用アプリケーションの開発を促すプロジェクトだ。
Gグラスが消費者市場で大きな成功を収める可能性はある。しかしそれまでの間、この新製品のマーケティングと販路に関するグーグルの選択は、「新しいチャンスの獲得」と「既存の戦略」との狭間で、どうバランスを取るかが肝心となる(これらは相容れない場合がある)。
グーグルがこれまで取ってきた戦略は、消費者向けに優れたソフトウェアを開発し、人気が出てから機能を追加して企業に売り込む(多くの場合、競合製品と比べ破格で)というものである。グラス・アット・ワークが開始されたとはいえ、アイゼンマンのケーススタディと同社のポジショニングをふまえれば、Gグラスをまず消費者向けデバイスとして発想したことは明らかだ。2014年3月にグーグルは、アイウェアの世界最大手ルックスオティカ(レイバンやオークリーなどの有力ブランドを多数保有)との大規模な提携を発表している。これは明らかに、消費者市場を狙った動きである。
同時に、ケーススタディによれば、Gグラス担当チームは自分たちが開発したものの全貌を把握できていないことをわきまえているようだ。プロダクト・マネジャーのスティーブ・リーは次のように語ったという。
「新技術を使った重要な消費者向け新製品を、このような開発段階で発表することはまずありえません。しかしGグラスの場合、プロトタイプを世に送り出すことによって、この画期的な新技術――顔に装着し、人間の感覚器官にこれほど近接するもの――にどんな用途がありうるのかを学ぶことができると考えたのです」