顧客の理解に基づくのがSTP
セグメンテーションを行うために必要となるのは、どのような(異なる)ニーズを持った顧客層によって市場が形成されているかを理解することであり、コトラーは顧客を理解することの重要性を強調している。市場が右肩上がりに伸びている時代であれば、供給を上回る需要があるため、マーケティングが多少まずくてもビジネスを伸ばすことはできる。しかし、市場の伸びが鈍化してからは、逆に需要よりも供給が増えてしまう。こうした中で、プロダクト・アウトなビジネスをしていては、競争に負けてしまう。顧客理解の重要性は、成熟期だからこそ高まるのである。
1980年代ころの米国のマーケティングでは、市場調査が非常に重視されていた。それは、セグメント設定のため、当該市場の中の顧客層別のニーズの違いを理解しなければならなかったためである。一方、日本企業の多くは、市場調査をあまりせず、製品を矢継ぎ早に投入して、当たったものを残し、ダメなものを外すというような対応をしてきた。プロダクト・アウトも積もれば山となるのかもしれないが、それは市場が右肩上がりだった時代の「結果オーライ」に近い。

(きしもと・よしゆき)
経営コンサルタント。早稲田大学 大学院商学研究科 客員教授。 1986年 東京大学経済学部卒、'91年からKellogg(ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院)に留学してMBAを取得し、慶應義塾大学大学院経営管理研究科にてPhD取得。マッキンゼー・アンド・カンパニー、ブーズ・アンド・カンパニーなどで20年以上にわたって、戦略や組織に関わるコンサルティング・プロジェクトを多数行っている。著書に『メディア・マーケティング 進化論』(PHP研究所)、『金融マーケティング戦略』(ダイヤモンド社)など。
実際、日本企業のマーケティングで、STPがきちんとできている事例はそれほど多くない。いわゆるガラケーが総崩れに陥ったのも、すべてのメーカーが同質的競争に突っ込んだからに他ならない。他社が入れた機能は自社も盛り込まないといけない、という同質化合戦の結果、海外には通用しないガラパゴス製品になり、国内のみで多くのメーカーが過当競争に陥り、最後は軒並み撤退という事態にまで追い込まれた。顧客を見ずに、競合を見ながら商品開発を行うと、こうなってしまう。
STPをきちんと行わずに、矢継ぎ早の商品開発ばかりを行うと、当たり外れの多いマーケティングになる。それでも当たりが見つかればいいではないか、というかもしれないが、外れ商品の市場投入のためにどれだけの広告費を無駄にしているのか、と考えないのも日本企業の特徴かもしれない(もしくは日本の広告代理店のビジネスのうまさの裏返しかもしれない)。特にリーダー企業ほど商品投入数が高いため、その分の広告費を無駄に使い、むしろマーケティングの費用対効果が低いという、不思議な現象が起こる。それでも商品投入数を増やすのは、小売店の棚スペースをとりたいためである。ドラッカーは「マーケティングの狙いはセリングを不要にすることだ」と述べている(コトラーの教科書にもそう引用されている)が、多くの日本企業はセリングのためにマーケティング費用を無駄遣いしている。
コトラーは昨年の来日時のカンファレンスで、「日本の会社は問題の解決策はいいものをつくること、それで勝てると言いがちですが、そうではありません。やはり顧客について考えるべきです」と述べている。日本企業のマーケターは、コトラーの教科書が分厚すぎたせいか、一番肝心のところを読み落としたようである。