情報の量も経路も飛躍的に増えるいま、企業は広告やPRとどのように付き合うべきか。情報流通のパラダイムシフトは方程式なき世界に入りつつあるが、ここから抜け出す処方箋は見つかるのか。

 

自社を宣伝するより、他社を褒める方が受ける

 弊誌ハーバード・ビジネス・レビューのFacebookページを見ていると面白い現象がわかります。それは、「弊誌の最新号が発売された」という書き込みよりも、他社の本や他社のイベントが「面白かった」という書き込みの方が、読者の反応がいいということです。

 このファンページに来てくれる人は当然、弊誌の読者なり親近感をもってくれている、いわばセグメントされた人です。その人たちの反応でさえこの結果です。つまり、自分たちのやったことを「どうですか」(広告)と情報を出すより、「よかったです」(PR)と第三者を褒める書き込みの方が情報として信憑性を持たれているようです。

 これは考えてみれば当たり前かもしれません。私が「ハーバード・ビジネス・レビューの最新号は素晴らしいですよ!」と言ったところで、「売らんがな」という商売根性が透けて見えます。そんなうがった見方をされなかったとしても、「自画自賛」であり、「作り手がそういうのって、当たり前でしょ」と思われて終わりです。しかし、他社を褒める書き込みには、商売根性が見えません。損得抜きの感想として、情報としての信憑性が出てくるのです。

 こんな当たり前のことに気づき、メディアに携わる人間として「広告」の果たす機能や可能性を考えていたところ、恰好の本と巡り合いました。『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』という長い書名。しかも「あきらめなさい」というビジネス書では突き放した言い方で、何ら解決策を期待させない書名です。