新しい経営論は、成功事例から見出すか、失敗事例から見出すか
成功事例から導き出された論文としては、チャン・キム教授らの「ブルーオーシャン戦略」やC・K・プラハラッドとゲイリー・ハメルの「コアコンピタンス経営」があります。前者では、世界的サーカス団シルク・ドゥ・ソレイユの事例が紹介され、後者では、1980年代に「C&C(コンピュータ&コミュニケーション)」という戦略的意思を確立したNECの強さが語られています。
失敗事例から導き出された論文としては、クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」やセオドラ・レビットの「マーケティング近視眼」などが掲載されています。前者では、破壊的変化の訪れに気がつかなかったIT機器メーカーが、後者では、鉄道会社が、自社の事業を輸送事業ではなく、鉄道事業と規定して、顧客の変化を見逃したという、あの有名な事例が紹介されています。
一方で、両者に共通しているのが、いずれも企業の事例が理論より先にあるということです。各々の企業の置かれた環境は業界や時代によって異なりますし、自社の強みや弱みもさまざまです。その個別の状況での最適解を求めるのが経営者で、それが独自の戦略として成功する。いまでは経営学の教科書に必ず掲載されている「事業部制組織」が最たる例で、最初にこの仕組みを導入したのは、1920年代、GM(ゼネラル・モーターズ)の社長、アルフレッド・スローンと言われています。当時のGMはM&Aを繰り返し、組織の急速な巨大化に対応するマネジメント組織を求めていました。なんせ、世界で最初の巨大企業ですので、そのような肥大化した組織に適した組織体系の前例はありません。そこでスローンは、同じような規模の企業であり、資本関係のあったデュポンを参考にGMの直面した課題に対応するための事業部制を導入しました。
その後、このデュポンやGMの新しい組織に着目したのが、ハーバード・ビジネススクールのアルフレッド・チャンドラーです。彼の研究から生まれたのが『組織は戦略に従う』という古典的名著で、以降、経営学の教科書に「事業部制組織」という項目が載るようになりました。
つまり、経営学は経営学者によってつくられるというより、経営者が個別解として見出した施策が経営学者によって一般化されるものです。皮肉なことに経営学の教科書通りに経営しても成功するとは限らず、リスクを取って新しい施策で成功した経営者が経営学の進歩に貢献してきたのです。書籍『ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文』も、マネジメント界の巨人の考えを知るという読み方とともに、あくなき挑戦を繰り返してきた経営者が生み出した産物を知る、という読み方もあります。
冒頭に紹介した、遠山正道さんの「やりたいことをやるビジネスモデル」という考え方は、いまは経営学として取り上げられていません。しかし、20年後のビジネスモデルの教科書の1頁目に「やりたいことをやる」という文言が掲載されている可能性は誰も否定できないでしょう。我々は経営学から学ぶと同時に、経営者から学ぶものが無数にありそうです。(編集長・岩佐文夫)